第7話 変態をボコったよっ!

「「いらっしゃいませ!」」

「おー、現実世界そのままだ」


うん、現実世界で何度も行ったことがある服屋とほとんど同じレイアウト。版権大丈夫なのかな?それとも提携してるとか?まあ、どっちでもいっか。


さっき気付いたことなのだが、この世界は戦闘以外に関することでは物価が非常に低い。


何故かって?NPCが売ってるものなんて原材料費も人件費もかからないからだよ。

それなら全部無料でいいんじゃね?って思うかもしれないが、それだったらモンスター狩ったりとかもの作ったりするモチベがね…。一応、このゲームの最終目標はラスダンを攻略してラスボスを倒すこと。まあ、最初にラスボス倒す人が現れるのは何年後なんだろうって言われてるレベルなんだけどね。


今私が手にとった黒いパーカーの値段を見ると、380円。古着屋か!?ってぐらいの値段だわ。




「ありがとうございましたー!」


店員NPCの元気な挨拶を受けてレまむらを出た私の装備…というか服装は、胸元にFITZと書かれた黒のパーカーに濃いめの色のジーバン。パーカーの下からちょっと覗く白いTシャツの裾がアクセントだ。

ちなみにリアルでも基本的にこのスタイルだ。大好きな黒パーカーは家のクローゼットに4着はある。だって何も考えなくてもそれなりにオシャレに見えるんだもん。仕方ないよ。


…と、ふと現実世界のことが気になって時間を確認すると現在は19時半とのこと。大学から帰ってきてからログインしてずっとプレイしてるのにまだ19時半というのが不思議に思えるかもしれないが、実はこれはIWO内の時間の進行速度に秘密がある。IWOの中では現実世界と比べて時間の進みがいくらか速い。三倍だったか四倍だったか…細かい倍率は覚えていないが、とにかく長い時間プレイできるってことだ。いいこといいこと。


とまあ色々考えていると…


「お、めっちゃ可愛いじゃん!ねえ、名前は?」


正面から歩いてきた男に不意に話しかけられた。


「えーっと…どなたですか?」


全身鉄の装備に身を包んだ若い男のプレイヤー。茶髪のイケメン。腰には長剣を提げている。柄と鞘しか見えないからどれほどの武器なのかは分からないが。


「ああ、俺はアレス。ウルフファングってパーティーのリーダーやってんだ」


ウルフファングて。それ、さっき50個ばかし売却してきたばっかりなんだけどw


「へー、そっか。私はサキ。それじゃ」

「ちょ、ちょっと!」

「はい?」


スルーして立ち去ろうとすると、アレスは慌てたように私を引き止めた。


「よかったら俺のパーティーに入らないか?ちょうど今からざわめきの森にウルフ狩りに行くところだったんだ。武器見る限り初心者っぽいし、悪い話じゃないだろう?」


私の腰の辺りを一瞥してからそう言うアレス。確かに今装備してるのは初期装備の木剣だし、初心者だっていうのも間違いじゃない。


でもさぁ…


「話しかける第一声が『めっちゃ可愛いじゃん!』だったのに狩りに行こうって言われてほいほいついてくと思ってるの?」


うん、あり得ない。なんで私なのかは不明だけど、どう考えてもナンパ目的じゃん。どうせ狩りの後でお茶でも…とかホテルでも…とか言うつもりでしょ。もうね、顔に書いてあるもん、下心ありまくりですよーって。


「いいから、一緒に行こうや」


アレスの声のトーンが下がり、私の手首の辺りを掴んでくる。

はあ…。もう…こいつマジでありえん。あれだ、イケメンなら何しても許されると思ってる人種だ。


「あのねぇ…」

「サキちゃん、決闘でもしてあげたら?」

「ほえ?」


声のした方に振り返ると、そこにいたのは…


「シルビアさん?」

「そうそう!よく覚えててくれたわね!お姉さん嬉しいわぁ!」


本当に嬉しそうに手を叩いて喜色満面の赤髪の美人のお姉さん。ナンパするならこういう人を狙えよ…。


「で、決闘って?」

「あ、そういえばサキちゃんは初心者さんだから知らなかったわね。決闘っていうのはね――」


今回の件のように、プレイヤー同士のいざこざというのは実は結構ある。今回みたいな場合は相手をブロックすればいいのだが(ブロックすると、一部を除いて互いに相手の姿が見えなくなってお互いに干渉することが不可能になる。武器を振っても魔法を放ってもすり抜けるようになる)、そういうわけにもいかない場合というのは多々ある。そういう時に使われるのが『決闘』機能だ。ステータスが統一され、レベル1の時の――つまり、普通の状態の思考速度での戦闘になる。装備と武器は自由だが、公正を期すために初期装備と各系統最弱の武器を用いるのが一般的だ。


「――とまあ、こんな感じね」

「てことは、その決闘で私が勝てばこの人に『一生関わらないでください』ってお願いすることもできるってことですか?」

「わぁ、見かけによらず辛辣なこと言うのね…。まあ、そういうこと。強制力はないけど、決闘に負けたくせに約束を守らない人なんて全プレイヤーから嫌われるわね」

「ああ、なるほど」


あれだ、規則じゃないけど暗黙の了解として…みたいな感じのシステムだ。


「じゃあ俺が勝ったらお前は俺のせいどれ…パーティーメンバーになってもらうってことでいいんだな?」


おい、お前今性奴隷って言いかけた…っていうかもうほぼ言ってただろ、おい。もう下心隠す気ねえだろ。


「まあ、いいですよ」

「うっし!じゃあ始めるぞ!」


そう言うなり、アレスはメニューを出してポチポチといくつか操作する。

すると、私の目の前に


《Arresから決闘を申し込まれました。受諾しますか?YES/NO》


というウィンドウが。


「YES」

「あ!待っ――」


私がそう言うと、私とアレスと地面を除いた全てが半透明になる。他のプレイヤーも、NPCも、建物も…。地面も先程までの石畳の感触ではない。つるつるで、でも摩擦はしっかりとはたらく…いわば、体育館の床のような。


そして、一切音が聞こえない。先程まで聞こえていた通りの雑踏も、何かを言いかけたシルビアさんの声も…。


どうやら、他のものとは隔絶された決闘専用の空間になるらしい。


「それじゃあ、行くぜ」


私と向かい合って立つ男、アレスが腰の鞘からスラリと剣を抜く。


「あれ?最弱武器で戦うんじゃ…」

「え?なんだって?」

「おうっ!?」


アレスは一足に間合いを詰めると、両手で握りしめたを躊躇うことなく私の頭めがけて振り下ろしてきた。


ああ、そういえば『装備と武器は自由だが、公正を期すために初期装備と各系統最弱の武器を用いるのが一般的』って言ってたね。一般的って。


つまり、コイツは始めから公正な勝負なんてする気がなかったってことだ。私の持っている武器が初期装備の木剣だけだから、決闘になれば絶対に勝てると踏んだのだろう。


「そんなので勝って嬉しい?」

「はあ?何言ってるかわかんねえなっ…と!」

「わわっ」


私の言うことに耳を貸す素振りもなく、更に攻撃を重ねてくる。


「チッ、避けてばっかりじゃなくて攻撃してこいよ。それともその腰の剣は飾りか?重くて持てませ〜んとでも言うのかぁ?」


…うーん…


「おい、なんだよ」

「いや、あなた相手なら剣なんか使わなくても勝てるかなって」

「は?」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ふっ!はあっ!おらぁ!」

「ほい、ほい、よっと。攻撃が単調なんだよ…。これじゃあ、避けて下さいって言ってるようなもんだよ?」

「うっせぇ!死ねぇ!」

「あらあら、綺麗な言葉遣いだこと…」

「てっめぇ!」


…うん、まあ、そういうことだ。この人ね、馬鹿だ。攻撃は単調だし、挑発にはすぐに乗ってくるし、そもそも…


「ああクソッ!これ終わったら絶対壊れるまでブチ犯してやるからな!」


そもそも、こういう発言が全部周りのギャラリーに聞こえてるってことに気付いてない。

ほら、あんたを見る女性プレイヤーの目、見てみ?

もうね、すごいよ。けだもの…いや、まだ獣を見る目の方が優しいね。だってもう殺意一色だもん。


女性だけじゃない。他の男性プレイヤーも、「うわあ…こいつ無いわ…」って目で見てる。


「はあ…もうそろそろ終わりにしよっか…」

「はあ?てめ、何ふざけたこと言って…くっ!?」


相変わらず大ぶりなアレスの攻撃。唐竹割りの一撃をサッと躱すと、素早く横に回って剣の柄を蹴り上げる。

ほら…ちゃんと握ってないから取り落とすことになる…。


弾き飛ばされた剣に注意が向いたアレスの頬にパンチを一発。


「ぐあっ!?」


なんで戦ってる相手から目を離すかなぁ…。


「ひ、卑怯だぞ!」

「えーと…どこが?」


そうか、卑怯か。初心者相手にはがねのつるぎで斬りかかるウルフファング(笑)のリーダーさんにそんなこと言われるなんて光栄だなぁ…。


ていうかちょっと面白くなってきた。


「目を離した隙に殴るなんて卑怯だろ!」

「まだ武器も抜いてない初心者さんに斬りかかるのは卑怯じゃないの?」

「戦略だ!」

「ぷっ…ああ、うん、そうだね」

「てめぇ笑ってんじゃねえ!」


ダメ、面白すぎる。これ以上は笑いを堪える自信がない。

武器を拾うことも忘れ、掴みかかろうとしてくるアレス君。

その手を躱して逆につかみ、思いっきり捻り上げる。


「いだだだだ!!てめ、何すんだこのゴリラ女!」

「ゴリラ言うなし。決闘ではステータス統一なんだから力の使い方の問題なんだよ?さっきの話聞いてた?」


空中に浮かんだアレス君のHPバーがどんどん減っていく。


へー、こうやって関節極めてると継続ダメージが入るんだね。初めて知った。


「ちょ、待って、お願いだから、HPなくなるから!なあ!おい!」


んー…このまま継続ダメージで削り切るっていうのもなぁ…


「せーの、えいっ!」


ごきっ。


「ぐああっ!?」


そのまま一気に力を加え、アレス君の肩関節を外す。

ちょっとグロい音がした。


改めてアレス君のHPバーを見ると残りは6割ほど、そして何やら『腕にバツのついたアイコン』がHPバーの上にちらついている。その横に00:10と書かれているので、状態異常を示すマークだろうか?例えば、肩の関節が外れたので10秒間右腕が使えませんよーみたいな。


実際、アレス君は涙目で右腕を抑えて蹲ってるので多分正解だと思う。


「…あれ、もしかして…」


ちょっと気になったことがあるので、アレス君のはがねのつるぎを拾い上げる。


「てめ、返せ…」

「はいはい、ちゃんと後で返すから、ね?」

「ぎゃあああああ!!」


笑顔でそう言いながら、アレス君の左肩に思いっきり剣をぶっ刺す。


「ほー、思った通りだ」


そう。残り半分くらいになったアレス君のHPバーの上には、先程の腕のアイコンを左右反対にしたようなマークがちらついている。当然、これが左腕使えませんよのマークなのだろう。


「じゃあ次は…」

「ひぎぃぃぃ!?」


再び、躊躇することなく今度は左足の付け根の辺りに。


HPバーは残り4割ほどになり、その上には『脚にバツのついたアイコン』が。


「えーい」

「うあああああ!?」


今度は右足。うん、腕と同じような感じだね。


「頼む…許してくれ…俺が悪かったから…」


うん、遅くね?


「じゃあ、あなたの負けってことでいい?」

「あ、ああ…。降参!降参する!」


もう完全に悲惨な状態のアレスがそう宣言すると、私の目の前に


《You are a winner!!!》


と表示された。


それと同時に、半透明だった周りの景色が再び色を帯び、私の勝利を祝うギャラリーの歓声が…


「あれ?」


聞こえない。


「うん、サキちゃんやりすぎ。途中まではスカッとしてたけど後半は流石に私もドン引きよ…」


ええええ!?なんで!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る