第5話 初めてボスを倒したよっ!

「ああああああ…疲れたぁぁぁ!!」


少し湿った地面に五体投地し、疲労を全身で表現するのはもちろん私、早紀だ。


ウルフがあまりにも弱いから油断してた…。


そう、一度やらかしたのだ。


というのも、ウルフが飛びかかってくるのを躱そうとしたら奴がそのままの勢いで木に突っ込んじゃって。


奴のHPは綺麗に40%ほど残って。


ワンワン鳴いたかと思うとそこらじゅうから馬鹿みたいにウルフが湧いてきてそこからはもうカオスよ。


複数体同時に色んな方向から飛びかかってくるもんだから、それを躱して丁寧に6割ぐらい削ってから一気に叩き斬って。


しかもその過程で最初の奴と同じように木に突っ込む馬鹿が出てくるから位置取りめちゃくちゃ考えて動かなきゃいけない。


結果的に何回仲間呼ばれたか…。後半はもうほとんど作業ゲーになってきてた。


「ふう…」と軽く息を吐いてインベントリを確認すると、恐らく確定ドロップと思われるウルフの牙は『×52』と表示されていた。つまり、私が倒したウルフは52匹にのぼるということ。

ちなみに獣の皮はそこそこレアドロップなようで、24個だけ。LUK値にも左右されるのかもだけど、大体50%ぐらいのドロップ率なんだね。


…と、


「あれ?レベル上がってる?」


そう、インベントリを確認しようとメニューを開いたときに見えたステータス画面に、確かに『Lv. 6』と表示されていたのだ。


「…いや、そんなに一気に上がるかね」


うーん、最初のウルフを倒した経験値が12って表示されてたし、全部で52匹倒したんなら合計で…えーと544。まあ、そう考えれば妥当かな?


そして、メニュー画面で目を引くのは『NEW! 』という点滅する文字と共に表示された『ステータス振り分け』の文字。


それをタップすると、専用のUIが表示される。


簡略化すると、


所持ポイント:20


ポイントを各ステータスに振り分けて下さい。


VIT − +

MAG − +



LUK − +


とのこと。どうやらレベルが1上がる毎にポイントが4もらえて、それを好きなステータスに振り分けられるというシステムのようだ。


「うーん…悩む…」


力を上げればウルフ狩りがかなり楽になるだろう。でも、今後のことを考えるとHPとか知力なんかを上げてもいいかも…。


と、10分ほど悩んだ私が振り分けた最終的なステータスはこちら。



VIT:12

MAG:12

STR:12

DEF:12

AGI:12

DEX:12

INT:12

LUK:12



そう、THE・器用貧乏である。


正直、やりたい戦闘スタイルなんかもないしとりあえずは適当に全部に振っておく。

後で魔法主体で戦いたくなったらINTとMPにシフトすればいい。

前衛として戦うってなったらSTRやらDEFやらHPに多めに振るようにすればいい。

まだ序盤の序盤だし、後でどうにでもなるでしょ!うん!


ステ振りも終わって、そろそろ街に戻って街の探索を…なんて考えて街の方向に振り返ると、


「っ…!」


ふいに背後に感じる殺気。


いや、ゲームの中なのに殺気なんて感じるほうがおかしい…ていうかそもそも一般人の大学生なのに何を言ってるんだって感じだが、とにかく感じたのだ。背中に氷を突っ込まれたというか、心臓を鷲掴みにされたというか、そんな形容し難い『死』の気配を。


もしかしたら初心者プレイヤーが無駄にデスしないようにとIWOに組み込まれた親切なシステムなのかもしれない。


その気配に従って素早く振り向くと、視界に入ってきたのは先程のウルフが子犬に見えるような大きなオオカミ。

黒く輝く体毛に、人の指ほどの長さと太さの牙、獰猛にこちらを睨みつける双眸。どう見てもボス。しかもめっちゃ強そう。


「逃がしては…くれなさそうかな?」


どう考えてもウルフより圧倒的に強いし、デスペナが何かも分からない。

兵法三十六計逃げるに如かずって言葉もあるし、そのまま身を翻してダッシュで逃げることも考えたのだが…


「まあ、ダメだよねぇ…」


いつの間にか、ボスウルフが呼んだと思われる大量のウルフによって包囲されていたのだ…。



「よっ!ほっ!おわっ!?」


間抜けな声を時々発しながら私が戦っているのは四方八方から飛びかかってくるウルフの群れ。

さっきのウルフラッシュとは比べ物にならない密度…いや、数自体は大したことないのだがそれぞれの攻撃頻度が高く、しかも速い。

なんとか全部躱しつつそれぞれにダメージを蓄積させていっているが、一番鬱陶しいのはボスウルフの攻撃。

普通のウルフのように真っ直ぐな突進ではなく執拗に迫ってきたり前脚で薙ぎ払ってきたりと、なかなかに対処し辛い攻撃ばかり。


唯一の救いと言うべきは、ボス以外のウルフのHPバーが半分を切っても仲間を呼ばない点。ボス戦扱いだからなのか、他のウルフとは違う―――エリートウルフ?とでも言うべき存在だからなのかは分からないが、とにかく敵が増えないというのは僥倖。ていうかこれ以上数増えたら絶対捌ききれなくなって死ぬ。今でギリギリだもん。


20分くらい敵の攻撃を躱し続けて、やっとボスの手下のエリートウルフ(仮称)の処理が終わった。あとはボスウルフとのタイマン…そう思った時だった。


「グルルルルルル…!」


急にボスウルフの動きが止まり、身体を震わせて低くうなり始めたのだ。

もしや第二形態?こんな最序盤のボスが?とはいえ、全く動かないのなら攻撃のチャンス。今のうちに攻撃を加えて少しでもダメージを―――



―――なんて考えるのは愚の骨頂。

今の私は、恐らくこのボスと戦う適正レベルより圧倒的に低レベル。

それに、ターン制のゲームならダメージを受けないことよりもダメージを与えることを優先するのもアリかもしれないが、このゲームはのだ。


相手がどんな行動を取るかが分からない以上、とりあえずは距離を取るのが得策。そう判断した私は手近な大木の裏に身を隠し、ボスウルフの挙動を観察する。


「グルォォォォォォッッ!!!!」

「くっ…うぁっ…」


数秒間の溜めの後、ボスウルフが馬鹿デカい声で咆哮。文字通り空気が震えるボリュームだ。木々の葉っぱが揺れ、細い枝が何本か折れる音が聞こえた。


また、咆哮はダメージも伴っていたようで視界の端の私のHPバーが6割ほど削れていた。

慌ててインベントリからポーションの入った瓶を取り出し、一気に呷ろうとしたところで手が止まる。


「…HPマックスだろうが1だろうが、どうせ攻撃が当たったら一撃で死ぬよね…?」


木の裏に隠れていたのに、咆哮の余波だけでこのダメージ。通常攻撃なんか食らったら、おそらくはかすっただけで私のHPバーは消し飛ぶだろう。ならば…


「ふう…やっぱゲームはこうじゃなきゃねっ!」


吹けば飛ぶようなHP残量のまま、ボスウルフに負けず劣らす獰猛な目で目の前の巨大な獣を睨みつけるのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



昔からそうだった。ゲーム…だけじゃない、スポーツだって、ボードゲームだって何だってそうだ。つまらないのだ。


何故って?


…負けないから。対人戦だと特に。例えばオセロ、格ゲー、バスケ、じゃんけんだってそう。


モットーというかなんというか、何においても本気でやる性質だからかもしれない。


例えば、小学校の頃に友達の家に呼ばれてオセロをしたことがあった。


私は、二打目からいきなり10分間長考した。それを見てその友達は笑っていたが、その笑顔は中盤頃から次第に泣き顔に変わっていった。


オセロの定石は、序盤は相手にある程度取らせること。そこから上手に逆転して勝つのが最上の手とされている。


…もちろん、当時の私はそんなこと知らない。ただ、10分の間に考えうる限りの盤面を脳内シミュレーションし、最適解と思われる打ち方をしただけだ。


そして、だし。


定石を知らないなら、自分で作ればいい。


分からないなら、情報を集めて考えればいい。


そんなこと、誰にだってできる簡単なことなのに。


それをしようともしない。そう、手加減されている…と、そう感じるのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「んっ…このモーションは…ここっ!やあっ!」


現在、残りHP4割ほどで奮闘中の早紀です。


攻撃を受けないように慎重に立ち回って観察した結果、ボスウルフの攻撃パターンは5つだけというのが分かった。


雑魚ウルフと同じ突進攻撃、三連続噛みつき、前脚での踏みつけ、尻尾での薙ぎ払い、そして先程の咆哮だ。


この中で一番気をつけなければいけないのが三連続噛みつき攻撃。少しでもかすったら即死な上に、武器を噛まれると欠損してしまう。初見の時に最初のウルフと同じように口に剣を突っ込もうとして先っぽが少し削られてしまった。

とはいえ、モーションを見てから距離を取れば余裕で回避はできるのでその予備動作を見逃さないように気をつけることが大切。


その次にヤバいのが、薙ぎ払い攻撃。その場で回転して、尻尾で薙ぎ払うだけのシンプルな攻撃なのだが…実はこれ、風属性っぽい魔法を纏っていて腰ほどの高さに衝撃波が飛んでくる。所見のときは全く警戒していなかったので危うく食らってしまうところだった。

咄嗟に棒高跳びの要領でジャンプできたのが功を奏し、なんとかダメージを受けずに済んだ。


あとはなんとか回避可能だし、咆哮攻撃に至っては溜めのモーションの間に頭部を攻撃すれば中断させられることが分かったのでむしろ攻撃のチャンスになっている。


あとは、モーションをよく見て攻撃を躱し、晒した隙に攻撃を叩き込むだけ。

ミスさえしなければ勝てる、一種の作業ゲーなのだ。


とはいえ、ワンミスすれば即死というこの状況だが私の心は愉悦に満たされていた。


だってそうだろう。私は死んでもすぐそこで即座に復活できるが、このボスウルフはそうじゃない。私に負けてHPが0になれば、もう二度と復活することはできない。


いや、もちろん復活はするだろう。しかし、それはプログラムによって再現された同種のモンスターというだけだ。

もし前世のデータが引き継がれるというのなら、プレイヤーがデスを重ねる度にPSが向上するのと同じようにボスもまたどんどん学習して強くなっていってしまう。


だからといって、『負けてもいいや』と慢心しているわけではない。

この相手が、自分が負けたら死ぬと理解しているような気がするのだ。プログラムによって制限された行動しかできない中で、私を殺そうと―――いや、自分が生きようと必死になって攻撃してきている。そんな風に感じるのだ。


だからこそ、楽しい。

絶対に負けたくない、負けられないという強固な意思の感じられる強敵との戦いが楽しくないはずがない。


……でも、それももうここまで。だって、ボスウルフのHPバーはもうほんの少ししか残っていないから。


それに対し、私のHPは残り4割。

手下を倒され、本気モードのボスウルフとの戦闘開始から全く減っていない。あくまで深追いせず、絶対にダメージを受けないように慎重に立ち回っているが故だ。

だが、だからといってここで慢心するなんて論外。なにせ、相手のHPがどれだけ残っていようがこちらが一撃もらえばそれで終わりということに変わりはない。

最後に大技を繰り出したりだとか、決め台詞を吐くなんてこともしない。ただ淡々と、今までの戦いがボスウルフの死という結果の延長線上にまだ続いているかのように…


「やあっ!」


ちょうど、ボスウルフが咆哮のモーションに入ったので先の折れた木剣で奴の頭部を唐竹割りに。ある程度体重を乗せて振られた剣は狙い違わずその頭部に吸い込まれるように命中し―――


「ふうぅぅぅ…疲れたぁぁぁああ!!」


《『ブラックウルフ』を討伐しました》


《『孤高の冒険者』の称号を入手しました。特典が付与されます》


《『孤高の冒険者』

等級:2

詳細:他のプレイヤーの手助けを一切借りずに、たった一人でボスモンスターを討伐した者に与えられる称号。

特典:全ステータス +2》


《『裏の顔』の称号を入手しました》


《『裏の顔』

等級:1

詳細:裏ボスを討伐した者に与えられる称号。

特典:なし》


《『ざわめきの森の支配者』の称号を入手しました。特典が付与されます》


《『ざわめきの森の支配者』

等級:2

詳細:ざわめきの森の裏ボスを討伐した者に与えられる称号。

特典:ウルフ系モンスターへの与ダメージが5%増加》



…どうやら、さっきのボスウルフは『ブラックウルフ』という名の裏ボスだったようだ。

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