第1話 彼女の役目

誰もが平和に暮らす東京の午前10時過ぎ。


女・高碕たかさき結衣ゆいは窓際の自分の席でクラスメイトの騒ぐ声を横目に一度見て、イヤホンを耳にはめ空を眺めていた。

顔はお世辞にも美しいとは言えない。校則を守り、友人もそこそこいる。目立たとうとする事も無ければ注目されることもないどこにでもいるただの女子高生である。


ただ、耳から聞こえるその声が音楽だったらただの一般人だったろう。


「浅草駅前よりDeVillstの出現通報あり。ランクはA+です。」


人差し指で机を叩きながらリズムを取っていた手が止まる。

何処か穏やかな顔は聞こえた情報により、一瞬にしてその欠片を無くした。耳に手を当て、聞こえた声に軽く溜息を吐いた。


「分かりました。近いので向かいます。」


低音で短く答え通信機を一方的に切るとその場から立ち上がった。そのままクラスメイトの横を通り教室を出た。


「結衣、もしかして?」


何かを察した友人の1人が口に手を当て笑っている。結衣も応えるように笑った。


「そ。んじゃ、後でね」


貼り付けた愛想笑いは今までバレた事など無かった。友人は疑わずに結衣を見送った。


廊下には別の教室に移動する者、別クラスの友人と話す者、トイレから帰ってくる者、用事は様々だがとても騒がしかった。

そんな事には目もくれず階段を降り、下駄箱まで足早に向かった。靴を履き、また耳に手を当てた。


「人数は」


「通報によると5人だと。」


「把握しました。」


校門を駆け抜け、指定された場所に向かう。丁度チャイムが鳴り、蝉の声が頭に響いた。


制服姿で浅草駅前に着いた結衣はすぐ側の路地裏に入った。


今の季節は夏であり、今日の最高気温は30度。日陰にいてもその暑さは凌げない程のものだった。だが結衣は汗一つ流していなかった。ポケットに手を入れ、路地裏を真っ直ぐに歩いていく。二十歩いた所で行き止まりになり、後ろを振り返った。睨みながら目の前のそいつらに威嚇する。その姿は可憐以外の何ものでもなく、ただただ美しいと言われる造形そのものだった。


「Aなら下級とは違って話せるだろう。話せなかったらそこまで。」


ソイツらは人間では無かった。頭には角を生やし、口元には牙が隠れきれていない。肌の色は赤や青、緑と様々だ。


「珍しいな。普通なら話せるのに、Aは。」


お互いに一歩も動かずに目線だけを合わせていると、話せないと理解し、先に動いたのは結衣だった。


「ならいい。DeVillstは滅する。」


その一言が全てを物語っていた。


飛び膝蹴りを相手の顔面にお見舞し、怯んだ際に何かを唱えると手には刀があり、その刃は剥き出しになっている。的確に急所を狙うため、手に持った刀に力を込める。


路地裏にいるからか暗いため、刃の光を頼りに敵を見分けなければならないのだが、そこまで脳があるのは人間の結衣であった。動こうとするとその僅かな風の音を聞き分け刀を振り下ろし、忽ち自分たちの身体が消えていく。

為す術なく、自身の終わりを待つだけとなった。結衣はそうやって無意識に相手の戦意を削ぎ落とす事が上手かった。


殺意を含んだ瞳がこちらを向いているのが解った。


「せいぜい、楽しませて踊ってくれよ」


声を発する暇もなく、自分の胴と頭が引き離れた。


「なんだ、つまらない。」


最期に聞こえたのは退屈そうな女の声と怪しく光る碧眼だった。


5人と報告されたDeVillstの数は正確には10人だった。だが通報してきたのは一般人だからと結衣は最初から5人だけとは思っていなかった。


最後のDeVillstを倒した時にはその服や顔には返り血の様なものが着くかと思われた。しかし彼女は一学生。制服を汚す訳にもいかないことは重々承知していた。

そのため、制服を一度も汚さないようにこの路地裏を選んだ。何より路地裏だと誰からも見られずに祓う事が出来るから楽なのだ。


「祓い終わりました。後片付けお願いします。」


結衣がその報告をしたのは通報を受けてからおよそ30分後だった。


蝉の声がうるさい、結衣にとっての日常の中の一コマのこれは他人からは異常と言われても仕方がなかった。

だが結衣にはDeVillstを倒すという使命があった。


それは昔、江戸の時代に「武士」と呼ばれた者に似ている役職があった。結衣はそのうちの一家の子孫であった。小さい頃から修行をし、DeVillstを倒すのが毎日の中の習慣であった。


「予定より5分オーバー。授業は、出なくてもいいか。間に合う。」


ポケットからスマホを取り出し時間を確認しながら今の時間が10:45だと分かると通報報告を聞いた時と同じように溜息を吐いた。


路地裏を抜けて入れ違いで清掃員のような服を着た男達が通り過ぎた。何を思ったのか結衣は手に持った刀を手放した。男の一人が受け取り、片膝をついて跪いた。


殲滅オーバーキル御足労様でした。」


「片付けは、頼みます。」


振り返る事もせずそれが無かったかのように結衣は帰路を歩いた。

高校までは走って15分掛かる。三限目は休もうと考えながら昼前で人通りが賑やかな駅前を歩いて帰った。


学校に着いたのは11:10だった。中途半端な時間なだけあって結衣が最初に向かったのは教室ではなかった。


「四限目まで休みます。」


「元気なら授業に行こうね、結衣ちゃん」


保険室に向かった結衣は中にいた保険養護教諭・立花磬にこの時間だけ休むと伝えた。磬は自分のデスクの前で書類の確認をしていた。


「別にいいじゃないか。高校で学ぶ内容は中学2年生で頭に叩き込んだ。受ける意味が無い。」


「そんな事言わないで下さい。貴方は年齢的にはまだ高校生ですよ。」


誰もいない場所で本性を明かさなくてどうする。2人は立場が逆転したように話し出した。声色も話し方も全てが人前とは違う。


「そうは言ってもね」


「そう言えば暇だとここに来ましたけど貴方、ここに来る途中にDeVillstを倒したのでしょう?暇ではないのでは。」


何故その事を知っているのか、彼は退魔師の1人であった。属は緑、担当は治癒。立花家の次期当主・立花磬たちばなかおるは情報通でもあった。


「倒したから暇なんだ。それにただのDeVillstだぞ?私が手間を取るとでも思ってるのか?」


「まさか。貴方が手間を取るとしたらそれは十戒ゼルトリアくらいでしょうに。

湘川嫺そうかわみやび様。」


「今は高崎結衣ですよ。立花先生。」


「高崎結衣」の仮面を嫺は被った。

彼女もまた、彼と同じく退魔師の1人であった。属は水、担当は主に防御。


「分かってますよ。では高崎さん、教室にお戻りください。」


「つれないですね、立花先生。また来ます。」


結衣になった嫺は愛想良く笑顔を浮かべて保健室を出て行った。


「ああ、いけない。」


歩きながら、袖に着いていた「それ」を何食わぬ顔で結衣は拭った。

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