第18話 招き猫の崩壊
俺と留美音は巨大な招き猫を見上げて考え込んでいた。
「さて……」
「押したら倒れるかと思いきや、重たいですね」
本堂にいた信者数名のうち一人が俺達を見咎めて詰め寄った。
「招き猫様に何をされているんですか?警察を呼びますよ?」
「ああ、警察ならこっちで呼んでおこう」俺は携帯を取り出し、新宿署の馬場警部にかけた。
「はい、日曜の平和な昼間になんですか」
「今、猫曼荼羅教の寺院にいるんですが、信者さんに詰め寄られてます」
「なんでまた?」
「不自然に安っぽい本尊の招き猫を壊す相談を留美音ちゃんとしてまして」
「動画の話をしに行ったんでしょ?」
「彼は、永源道郎その他信者に、盗撮を命じたことを認めました」
「ほう、当然ボイスレコーダーに記録されているのでしょう?」
「さあ、そういえばどうでしたっけ」
「先生、またとぼけて。あの、なんでしたっけ、マキシム・ド・パリのミルフィーユですか、あれを用意しておきますので」
「嬉しいですが、値が張りますよ?」
「いやいやお気にすることはありません、で、まあ、なんといってもそちらは私の所轄ではありませんが、一応同僚に話だけしておきます」
「ありがとうございます、それではまた後ほど」
ちらりと留美音の方を見ると、折り畳み椅子をこちらに運んできた。
「留美音ちゃん、やっちゃっていいみたいだよ」
「こんなのしか無かったです」
「ちょっと君には重たそうだね。じゃあ僕がやるから」
俺は折り畳み椅子を両手に持ち、巨大な招き猫を思い切り叩いた。あっけなくひびが入った。
「ちょっとあなた、止めろって言ってるでしょう、もう通報しましたからね」先の信者が眉間にしわを寄せて俺の手を押さえた。
「それは好都合、でもね……」
ひびはめきめきと広がり、外側に膨らんできた。
「この中に何が入っているか、君は考えた事も無かったの?」
「いえ、全く」彼は俺から手を離し、後ずさった。
留美音はしゃがみこみ、招き猫のひび割れをしげしげと眺めた後、ひび割れの一つをぱりん、と剥がした。すると招き猫全体にひびが広がり、崩れ落ち、瓦礫と化し、代わりに姿を現した札束の山も雪崩を起こし、それに首から下まで埋まった留美音は、札束を両手で掻き分けながら、
「所長、起き上がれないです」と涙目で訴えた。
丁度駆けつけた警官二人組はその光景を見て、
「こりゃ税務署の人に来てもらわないと」
「そうだね、税務署だよね」などと相談していた。彼らは俺と留美音を器物損壊罪の現行犯で取り押さえることを、すっかり忘れたようだった。
こうして金田鉄雄は宗教法人を隠れ蓑にした所得隠しを暴かれた。彼の前世の妻と盗撮動画の話は格好のワイドショーのネタとなり、「ロリコン中年」というレッテルを張られた。これで刑務所に入った暁には、タフな囚人達から小突き回され、さぞかし業が落ちることだろう。
数日後。
「それにしても、よく信者の人達もあんな人にポンポンお布施してたもんですね」
俺の道玄坂の事務所で、新聞を読みながら留美音が言った。
「それより、お願いがある」
「所長、なんですか?改まって」
「原宿のクレープ屋さんだけは、どうしても一人では行けなくてだね」
「それは確かに厳しいですね。分かりました、あたし付き合います、安心して下さい」
一仕事終えて自信をつけた彼女は、笑顔で胸を張った。このコを雇ってよかったと、俺は心の底から思った。(了)
寝取られ探偵とファザコンJKモデルの事件簿 スリムあおみち @billyt3317
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