第16話 キレ始め

 ドアの向こうで、こと、という小さな音がした。

 俺は留美音に向かって唇に人差し指を当ててから、抜き足差し足でドアに近づき、おもむろにドアノブを内側に引くと、そこには耳に小さなイヤホンを当てた、黄色い袈裟姿の金田鉄雄が立っていた。自分の名前を呼ばれ、浮き足立ってしまったようだ。


「遅くなり、申し訳ない。私が金田鉄雄です」取り繕うように名刺を差し出した彼に、俺は嫌味を言った。

「武時多良平さんとお伺いしておりましたが?」

「その名は捨てました。とりあえずそこに座らせて頂きます」

 彼は、テーブルを挟んで俺達と正面に向き合った。

「用件は分かっております。しかしまず私の話を聞いて貰えますか」

「もちろんです。それで?」


「私は確かに、永源道郎に戦勝記念女子学院中等部バスケットボール部員の盗撮を手配するよう命じました、しかし」

「ちょっと待って下さい、それだけですか?」

「ですから、私の話を」彼の声は、緊張と焦りでうわずっていた。

「それだけですかとお聞きしています」

「他の女性幹部数人にも、市民プールなどでの盗撮を命じました。しかし、それを売買して利益を得たことはありません」


「永源道郎は、彼のヨガ道場でも盗撮をしていましたね」

「あれは、彼が勝手にやったことです。布施行の為でしょう。彼の道場に女性信者を受講生として紹介したのは私ですが、私は成人女性には興味は無いのです」

「つまりあなたは変態ってことなんですか?」留美音の眼差しは、軽蔑に満ちていた。汚らわしい、と目で罵倒していた。


「個人の楽しみで鑑賞していたわけではありません。私は、自身の前世の妻を探していたのです。見つかったら今生でも妻にするつもりです」

「妻にするって、十三、四歳の女の子をですか?」

「聖母マリアがヨセフと婚約したのは十二歳の時だったという記録があります。また、日本でも、スサノオノミコトがクシナダヒメを妻に迎えたのは、彼女が十三歳の時だった、という説があります。不自然ではないでしょう」


「金田さん、それは現代で通る理屈ではないことぐらいお分かりの筈でしょう。大体それと盗撮と何の関係があるんですか」

「今生に生まれ変わった私の前世の妻には、体に三十二の印が現れています。しかし、少女の体に触れて確かめる訳にはいきません」

「なるほど」我ながら冷ややかに相槌を打った。


「動画をアップロードしたのは何故ですか?一度ネットに上げられたその手の動画は半永久的に消えないんですよ?」留美音は身を乗り出して金田鉄雄を睨んだ。

「この動画には、前世の妻はいない、と判断したものは、彼女達の業を消すために、ネットに上げました。人に見られると業は消えます」

 理解不能。俺も怒りがこみあげてきた。

「何ですか、その業ってのは。独特の世界観をお持ちのようだが、あなたのやってることは犯罪です。今すぐお止め下さい」


「しかし、前世の妻を見つけるまでは……」

「分かった。三十二の印とか言って、巨乳美少女を探しているだけでしょ」

 留美音がキレ始めた。俺は黙って彼女に喋らせることにした。

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