第15話 盗撮盗聴返し

「A班、今月は百万円を布施します!」そして拍手。

「B班、今月は百八十万を布施します!」そして拍手。


 よく晴れた日曜日の午前十時、俺と留美音は猫曼荼羅教寺院の本堂に足を運んだ。

 八十畳はある畳敷きの大広間。高さ二メートルはある、金メッキでキラキラ輝く巨大な招き猫の像。その周りに配置された、やはり金メッキでキラキラ輝く七福神の像達。飛び交う札束と信者達の喝采。そして蓮の花型の台座に座り、透明なカプセルの上半分を開けてその風景を見守る、黄色い袈裟をまとった恰幅のいい、眼光鋭い金田鉄雄法王。


「そして今月トップはF班、二百五十万円です!」司会者の、丸坊主にメガネの若い男がマイク片手に声を張り上げると、四人組の男女が立ち上がり、班長らしき太った中年男が司会者にむき出しの札束を誇らしそうに渡した。


「あたしがモデルとして一日拘束されて、貰うお金の何十倍が」

 留美音が虚脱感に囚われたような声を上げた。

「いや、お金じゃないんだよ、お金じゃ」

 そう彼女を慰める俺も、これで宗教法人は無税だっていうなら俺も宗教家になりたいと心が揺らいでいた。


 ひとしきりお布施合戦が終わったところで、金田鉄雄が台座から立ち上がり、袈裟の裾を少しばかり引きずりながら信者達の前に立ち、司会者にマイクを渡されると口を開いた。

「私は瞑想行を皆さんがやっていることを知っています。そして質問します。瞑想行で悟った方、手を挙げて下さい」


 六、七十人ばかり本堂にいる信者達は誰も手を挙げない。それを見届けた金田鉄雄は再び信者達に質問した。

「布施行で悟りに近づいた方、手を挙げて下さい」

 今度は全員が、一斉に手を挙げた。


「お釈迦様はその前世で、崖の上から身を投げ、飢えた虎に食べさせたそうです。この精神を皆さん忘れてはなりません。そして、私には夢があります。世界中の人々が猫曼荼羅教に入れば戦争も飢えも無くなるのではないかと。お互い与えあい、お互い得をする、そういう世界が実現するのではないかと。徳を積めば積むほど、あなたは得をするのです。皆様に、お釈迦様の慈悲がありますように」


 短い説法。そこで金田鉄雄は司会者にマイクを渡し、さっさと本堂を出て行ってしまった。その彼を、拍手しながら見送る信者達。

 なるほど、宗教家というものは話がうまいものだ。しかし仏教系なのに仏像が無い。そして、この前首を吊った永源道郎と、そして彼に殺された市川頼子は同じ班だったはず。彼らの班と、彼等の存在は最初から無かったものかのように、きれいに無視された。


 これで終わりなのか?と思って周囲を見回していると、以前この寺院の境内を訪れた時に少し話をした、尼僧だと名乗った女性が笑顔で俺達二人の前にやってきた。やはり、ゆったりした灰色の、マオカラージャケットのようなものを身にまとっている。

「萬屋様と留美音様ですよね?法王様がお話がある、と仰っているのですが、お時間大丈夫ですか?」


「こちらも法王様に色々悩みを聞いて欲しいと思い、こちらに伺いました」

「そうでしたか、それでは執務室にご案内しますが、現在法王様は昼食中なので、よろしければ三十分ばかり別室でお待ち願えますか?」

「ええ、構いませんが、まだ十一時です。随分と早い昼食ですね」

「戒律で、午前十二時を過ぎたら何も食べていけないというものがあるんです。あたしも戒律を守って朝食と昼食の一日二食です、おかげで体が軽くなりました」


 別室、というのは四階にあった。小奇麗な応接室で、テーブルの上に菓子類が置いてあり、給湯ポットと湯呑みが壁の隅にあった。促されるまま、昨日的なデザインの長椅子に留美音と並んで座る。

 ではまた、と尼僧が去って行った後、それまで黙っていた留美音が言った。

「さっきの人、お知り合いですか?化粧っ気無いけどきれいな人ですよね。笑顔も毒されてない感じ」

「しかし、僕達の名前は教えてないんだよな。まあ、あれだけ派手に信者さん達の前で暴れちゃったから、調べられても仕方が無いんだけど」


「多分ですけど、あの女の人は騙されているというか、何も知らないと思います。だって、あたしを見る目に教団の敵、みたいな敵意が全然無くて、所長を見る目は好意的というか」

「尼僧だと名乗っていたが、雑用のような事しか任されていないようだ。さっき本堂にいた信者達も、市川頼子殺人事件と永源道郎の自殺について、金田鉄雄法王から都合のいい説明しか受けてないだろう。ところで、ここは盗撮されてないだろうな」


「あ、そこは防御してきました。ほら」

 留美音はひざ丈の赤いスカートの裾をがばっとめくって俺に見せた。紺色のスパッツを穿いていたが、女子高生のスカートの中を見てしまった、という罪悪感で心臓にズキンと刺激が走った。


「体操着なんですけど、結構分厚いんで……所長?」

「留美音ちゃん、女の子の体操着姿自体、見てはいけない、という不文律があってだね」

「これ布面積多いし別に平気ですよ」

 スパッツにはスパッツのエロスがあるから、むやみに見せちゃ駄目だよ、と説得しかけたが、分かってくれないだろうと思い諦めた。


「そういえば、デザイン的に破けたジーンズあるじゃないですか。あれ履いてると、じろじろ見るオジサンがいるんですよ。なんでですか?」

「なんでかって僕に訊かれても、あんまりピンと来ないな」


 とぼけた返事をしたが、実は俺も、その類のジーンズを履いている女の子を見かけると脚に目線が行ってしまう歳に差し掛かっていた。しかし彼女が内容の薄い、ガキっぽい話題をあえてしていることにも気づいていた。

「留美音ちゃんは、男の人の、まずどこを見る?」

「えー、恥ずかしいな」彼女はわざとらしく両手で頬を覆った。

「指先、かな?でもよく分からない」


 俺は留美音に「なるほど、で、次は?」と言いつつちらっと目配せをした。真顔で小さくうなずく彼女。やはり盗聴を警戒しているのか。

「身長とかは気にしないんだけど、学校の帰り道、道路工事のおじさんが、その日真夏で暑かったんだけど、緑茶をごくごく飲んでたのね。何故か喉の動きに注目してしまい、その晩うまく寝つけなかったんです」


「工事現場のおじさんの喉。渋いとこに目が行くねえ」棒読みになってしまった。

「次の日、その話を友達にしたら、『わかった、あんたはそれでいい。その代り男子モデルのキュウゾウ君紹介して』って、よく分かんない返事が返ってきて」

「僕にも『その代り』というのがよく分からないんだけど、留美音ちゃんは工事現場のおじさんが好き、ってことかな?」特に後半を、ゆっくりはっきり発音した。


「そうですね。告白しちゃうとですね」彼女は俺の顔色をちらっと伺い、再び口を開き、背筋を伸ばしてハスキーボイスを張り上げた。


「金田鉄雄法王様は、刑務所にぶち込まれて罪を償うのがいいと思いまあす」

「そうだね、金田鉄雄法王様は、どうせ脱税してるだろうから追徴金も取られればいいと僕も思いまあす」


 俺は、彼が聞いている、という前提でわざとらしく大声を出した。素人が盗聴器を仕掛けるとしたら、そこのコンセントの裏しかない、と思いながら。

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