第14話 独占欲強力

 久美子さんは話を続けた。

「茂雄が何をしたか知った時、あたしも怒りましたが、それ以上に怒ったのはあのコです。『あたしを裏切ったわね』と茂雄に、萬屋さんの元奥様のことを学校の図工で使う彫刻刀片手に喋らせる、などの行為を強いました。この家は彼の持ち家ですが、茂雄は娘の行為に精神的に追い詰められ、アパートを借り、一人暮らしを始めました。今は再就職して養育費を納めて貰ってます。留美音には、彼の居場所は教えてません」


「それで、何故僕の所に来たのかがいまいち分からないのですが」

「彼女は、法的にも道義的にも、萬屋さんに責任が無いことを頭では理解しています。でも、自分の運命を翻弄した大人達の一人、ということで複雑な気持ちを抱いていたようです」


「理解しているつもりです」

「養育費も二十歳まで。慰謝料は、この家を茂雄が売って、その中から払うことになってます。私達がこの家に居られるのも、留美音が高校を卒業するまでです」


「ああ、だから手に職をつけたいと面接の時に言っていたのか」

「萬屋さんが元奥様に浮気されて、元奥様と茂雄の両方から慰謝料を取ったことを、あたしが教えたのですが、それで探偵業は儲かる、と勘違いしていたようです。他人の浮気調査なら、報酬は調査費だけですよね?」


「その通りです。しかし彼女は辞めたそうな素振りは一度も……」

「だって、萬屋さんは女の子の視点を理解しようとしながら、今のお仕事をされている訳でしょう?茂雄と正反対。だから『萬屋さんがお父さんになってくれたらいいな』とあたしに引き合わせたのでしょうね」


「やっぱダメ」

階段の上から、留美音が涙ぐみながら声を上げた。

「留美音ちゃん、盗み聞きはよろしくなくてよ」久美子さんが叱ると、彼女は素直に下りてきて、食卓の自分の席についた。

「久美ちゃんと所長が結婚したら、あたしだけのお父さんじゃなくなっちゃう」

「そうね、あなたも大きいから、ベッドの上で三人で寝るわけにはいかないものね。寝る時は、あなたは一人ね」久美子さんが意地悪を言うと、留美音は俺に向かって頭を下げた。


「所長、ごめんなさい。あたしは大人を振り回す子供でした。色々間違えて、甘えてました。隠し事をしていてすみませんでした」

「僕も、斉藤茂雄に、こんな立派な娘さんがいるとは知らなかった」

「そんなお世辞言わないで」留美音の、膝の上に握りしめた拳の上に、涙のしずくがぽとりと落ちた。


「お世辞なんか、僕は言ってない。だって君がいなかったら、市川先生を殺した犯人も分からなかったし、なにより君は、仕事の依頼者を紹介してくれたじゃないか」

「あたし、役に立ってます?」

「今の仕事は、君が居ないと進まないんだよ。久美子さんの前であれだが、僕は妻も子供もいない、留美音ちゃんだけのお父さんになってあげることは出来なくもない。それと、手に職つけたいんだよな?」


「はい」うつむいていた彼女は顔を上げ、既に泣き止んでいた。

「つけさせてやろうじゃないか、一人前の探偵にさせてあげるよ。とりあえず、来週の日曜日の午前中、猫曼荼羅教の寺院に行き、金田鉄雄法王様に直談判して盗撮動画を信者に撮影させることを止めさせる。おそらく他の学校や会社でもやっているはずだ」

「止めさせられなかったら?」

「君の好きにしていい。どうせ魂を誰かに売った男だ」


 家を辞する時、久美子さんにささやかれた。

「あの、殺人事件だけは」

「その件については巻き込んでしまいまして、申し訳ないと」

「ではなく、娘は手加減を知らないので」

「あ。分かりました、責任を持って寸止め、ということで」

「はい、寸止めでお願いします」

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