第12話 金運異性運
事務所に戻る前に、三軒茶屋にある猫曼荼羅教の寺院を訪れた。タージ・マハールを真似たような左右対称のデザインの派手な建物。
正門をくぐり、境内に入ると猫がやたらにいた。三毛猫、黒猫、ぶち猫。なんでこんなに猫が?と思っていたら、グレーのゆったりしたマオカラージャケット―永源道郎が来ていたのと同じデザインのもの―を着た、三十前後と思しき黒髪で細身の女性が、境内にしゃがみ込んで無心に餌をやっていた。
ああ、餌付けしているのかと黙って見ていたら、俺の視線に気付いた彼女は立ち上がり、
「餌ならあそこで売ってますよ」と境内の脇を指差した。確かに、神社の社務所のような所に、『猫の餌。一皿百円』と小さな看板が掲げてあった。どんな餌かと見れば煮干しのようなもの。俺も餌付けしてみるかと餌を買い、既に足許に集まって来ていた猫達に餌をやってみた。
「猫、好きですか?」振り返ると、先程の女性がにこにこして立っていた。
「ええ、好きなのですが、住んでる所がペット禁止で」返事をすると、彼女は言った。
「この子達、そういう理由でここに捨てられてきたのが多いんです」
「あなたはここの……」
「尼僧です。まだなったばかりですけど」
「ほう。では功徳を積まれたお方ですね」
「いえ、海外に不法滞在して、強制送還されて日本に帰って来たら親に勘当されて、法王様に出会って、居場所が無い、と言ったら『ここに住み、尼僧になりなさい』と言われたのでその通りにして、猫に餌をやったり、雑用をしてるだけなんです」
初対面の人間に随分色々と身の上を喋る人だなと思ったが、一つ訊いてみた。
「法王様にお会いするにはどうしたらよいですか?」
「毎週日曜日に本堂で説法があるのですが、その後見学者の方と面談されます」
「そうですか。どうも私は金運や異性運に恵まれてなくてねえ」
「そういう方を、法王様は歓迎なさると思います」
「では、僕はこれで。仕事をさぼってきてしまったものだから」
純真な人がいたものだと思いつつ、寺院を後にした。自分は金運や異性運にばっちり恵まれていると思ってる人など、この世に何人いるのだろうか。
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