第8話 コスプレ相談
「永源道郎、永源ナーガヨガ道場、場所は荒木町だから、曙橋駅が最寄り駅かな?」
「ちょっと待って下さいね、検索してみます」
新宿警察署からの帰り道に寄ったファミレスで、テーブルの向かい側に座っている留美音は、妙に可愛らしいデザインのハンドバッグからスマホを取り出し、女子高生特有の高速で文字を入力し、あっというまに結果を出した。
「都営新宿線A4 出口から徒歩五分だそうです。ところで所長、この人三十二歳に見えます?」差し出された画面を見れば、永源道郎の顔と略歴が表示されていた。
「僕より四つ下なのか」何気なく漏らした感想に、留美音が「え?」と目を見開いた。
「それじゃ所長って三十六歳だったんですか?」
「特に言わなかったけれど、そうだよ」
「漠然と、四十歳くらいかと思ってました。だって落ち着いてるし、人生経験豊富そうだし、たまに威圧感あるし」
「留美音ちゃんには、年上の人を四、五歳上に見る癖があるようだね。市川頼子のことも、日ごろ接することが多い、学校の先生なのに三十四、五だと言っていたけど実際は三十だった」
「正直、大人の歳ってよく分からないです。先生とか所長とか、偉い人だと聞くと先入観も入っちゃうし」
「じゃあ、僕の身長は幾つぐらいだと思う?」
「ズバリ、一七五㎝。あたしより少し高いから」
「そんなにはない。一六八㎝」
「え?あれ?全体のバランスがいいからかな?」
「君はいつもうつむき加減になっているから、見間違えたんじゃないかな?」
「今一七三㎝なんですけど、通学途中に、通りすがりの男子校の男の子達から『あの女デケエ』とかたまに言われるもので……背がこれ以上伸びないように祈ってます」
「気持ちは分かるけど、僕なんて別れた妻から『一六八㎝しかない癖に』と言われてしまってね」
「一四九㎝しかない人に、言われたくないですよね」
「うん、まさにそうなんだよ。ん?この話、前にもしたっけ?」
「は、はい、なんか、前、お伺いしました」留美音は目線を宙に泳がせながら、言い張るように返事をした。俺の元妻の身長の話なんてこのコにいつ、どんな話の流れでしたかな、とは思ったが、それよりも大事なことがあった。
「市川頼子を猫曼荼羅教に勧誘したのは、この永源道郎で間違いないと思う。他の受講者に猫曼荼羅教信者がいることも、まあ間違いない。つまり真正面から永源ナーガヨガ道場に乗り込むのは、かなり危険だ、ということだ」
「だったら尾行して、ということになるんでしょうけど、この人カツラ被ってますよ?だって生え際が不自然にフサフサしてますから。カツラ剥いだら普通の髪形だったりして」
「カツラ?」
「あたしもモデルの仕事で金髪縦ロールのカツラとか被ってきたから分かります、ヨガの先生っていう雰囲気を出したいからそれっぽい髪形のカツラを被ってるんじゃないですか?」
「それじゃ、市川頼子がモザイク通りのカフェで会っていた男性は、永源道郎という可能性もある、ということか」
「そこは会ってみなくちゃ、あたしも分かりません。所詮ネットでは、自分を出してるようで全然出してない人ばっかりですから」
「まあそうだよな、特に宣伝用サイトなら、飯も食わないウンコもしませんみたいな、すかした顔写真出して、後は略歴並べてるくらいだもんな」
俺の言ったことが可笑しかったのか、留美音がキャハハと腹を抱えて笑った。
「あたし、同じようなこと学校の友達に言われたことあります。『あんたもトイレ、行くのよね?』って……」彼女が急に恐縮したような面持ちをしだしたので、俺もはっと気づいた。周りの客達が、「飯を食ってる時に何の話をしてるんだ」という目でこちらを見遣っていたからだ。
「注文、遅いね」自分なりに、澄ました顔で留美音に言った。
「遅いですね」彼女も取り繕うような上品な面持ちで呟くように返事をした。
それから五分後、俺はハンバーグセット、留美音はカルボナーラを食べていた。
「炭水化物を摂ると、太るよ」
「それが、食べても食べても太らないのが悩みで」
「そんなこと言ったら日本全国の女子高生に八つ裂きにされるよ?」
「だって、この身長でAカップなんです。牛乳飲んで腕立て伏せしてるのに」
「なら、Dカップの女子大生にでも変装してみる?茶髪のギャルっぽいカツラでも被って」
「服装はコンサバ系とモード系と、どっちがいいですか?」
「え、そんな選択肢があるのか」
ここで留美音は声を潜めた。
「ショップの人からちょくちょく「ルミネちゃんこれ着て街歩いて」と貰うものの、着てない服が溜まってまして」
「ほう……ならば『コンサバだけどギャルっぽいDカップの女子大生』というなりも可能、ということかな?」
「パットが入ってるブラなどもあるから、自前で楽勝です。ここで心配なのが所長の設定なのですが」
「僕は、執事、というのもあれだな、お父さんというのもどうかと思うし」
「お父さんでいいと思いますよ」カルボナーラの最後の一口を呑み込んだ留美音が言った。
「でも全然似てな……」俺を遮って留美音がのたまった。
「所長みたいなお父さんが欲しーいなあ」
「こ、こら、血迷ったことを口走るんじゃない」思わず周りの席の人々の視線を気にしてしまった。
「だって、家に帰ってもお母さんが寂しそうな顔で待ってるだけで……」
この一言に抗えず、「娘の見学に付き添うお父さん」という役柄で、俺は永源道郎のヨガ道場に見学、と称して調査に赴くことになった。
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