第6話 見られたら丸坊主

「あたしが尾行してたのばれたから、先生殺されちゃったのかもしれないと思ったら、恐くてここから一歩も出られず、所長の帰りを待つことにしました」

「分かった、今日は家まで送って行く」

「大丈夫です、所長の顔見たら安心したので」

「それが、市川夫妻の部屋を見たら、誰か居たんだよ。怪しまれずに入れるのは夫の剛史だが帰宅時間には早過ぎる」


「ルミネちゃーんって大声で呼ばれちゃったあたしを、殺し屋さんが狙ってるかもしれない、ってことですか?」

「そこまでの余裕は無いと思う。ただ、警察に協力を求められたら、DVDにダウンロードされた盗撮動画を提出しなければならないかもしれない」

「え、警察に」留美音は目を見開いて、両手で口許を覆った。

「殺された市川頼子が、本当に盗撮に関わっていたとしたら、の話だけどね」


「DVDならここに」留美音は学生鞄を手元に引き寄せ、表をぽんと細長い手で叩いた。

「持ち歩いてたのか?なんでまた?」

「だって、お母さんがあたしが居ない時に、あたしの部屋勝手に掃除しちゃうんです」

「うん、細かいことはまあいい。だったらそれを」手を伸ばすと、彼女はさっと鞄からケースに入ったDVDを取り出し、両手で割る仕草を見せた。


「依頼者の矢島沙羅だけじゃないんです。他のコ達からも『男の人には絶対見せないでね』と言われてるんです。『見られたら死んじゃう』って泣いてたコもいました。そしてあたしは約束したんです『うん、絶対に見せない。見られたら丸坊主になる』って」


 おっとりしたお嬢ちゃん顔の留美音が、覚悟を決めたような面持ちで言葉を続けた。

「警察の人だって、男の人でしょ?どんな目で後輩の裸を見られるかと思うと、あたしも耐えられません」目尻に涙を溜めた彼女の手に、ぐっと力がこもるのを見て、俺は妥協案を出さざるを得なくなった。

「留美音ちゃん立会いのもと、婦人警官に内容を確認してもらう、というのはどうだ?」

 それを聞いた留美音の両手にこもった力が、ふっと抜けた。


「あたしが立ち会うとか、出来るんですか?」

「警察も情報が欲しい。尾行した時の話をするけれど、その代り、となるように僕が担当者に話をつける」

「そういうことなら」話に納得した様子の留美音は、DVDの入ったケースを俺に渡した。


「僕が預かっていいの?」

「はい、所長を信用します。ごねてすみませんでした」

「いいんだ。これは金庫にしまっておこう。それと、新宿署に連絡を取る前に、君の予定を聞いておきたい」

「日曜日は来月号の撮影があって、丸一日つぶれるので」

「じゃあ、月曜日の午後五時以降にしよう。それでいい?」

「はい、ありがとうございます」留美音は俺に向かい、深々と頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る