第5話 殺人事件発生
俺は留美音に事務所の合鍵を渡し、八時になったら鍵閉めて帰っていいからと言い残して渋谷区本町へと向かった。地下鉄都営新宿線初台駅から上に昇り、そこから更に上に昇ると東京オペラシティの一階に出る。時計を見れば午後六時三十二分。市川頼子とその夫が住んでいるマンションまで歩いて十分位だろうか。
山手通りに出てすぐ左に曲がり、幡ヶ谷不動を右手に見ながら商店街を歩く。別になんという事も無い、下町の香りのする商店街なのだが、ここらにマンションを買うとなるとかなりの値が張ることだろう。
市川夫妻の住んでいるマンションは、小路の奥にひっそりと建っている、隠れ家めいた建物だった。特に用もなさそうなおばあさんが入り口の前をうろうろしながら、時たまこちらにちらりと鋭い視線を走らせる。俺の武器は中肉中背の目立たない容姿なのだが、特に隠れる場所も無く、やりにくいったらありゃしない。仕方なく、表通りに戻った。
留美音が尾行を切り上げた後、市川頼子がまっすぐ家に帰ったかどうかだが、窓の灯りがついているかどうかを見る。ちょっと分かり辛いが夕闇の中にオレンジ色の光が見える。
「おにいさん、不動産屋かい?」いきなり真後ろから声を掛けられ、ビクッとしてしまった。振り返ればさっきのおばあさん。改めて見れば、顔つやはいいが、服装は質素だ。金持ちだけどケチ。そんな印象を受けた。
「いえ、違います。ただ、ここらにマンションを買えたらいいなと思い、見て回ってるんですよ」こういう時の為に用意しておいた嘘がすらすらと出てくる。
「だったら商店街の不動産屋を回ったらいいよ。あんた独身だね?ここを右に曲がって少し行ったら太陽不動産ってところがあるから。うちの息子がやってんだけど、賃貸でも分譲でもいいのがあるから。大手は担当者がコロコロ変わるけど、そこは違うから。なんなら話だけでもしていくかい?仲介手数料は安くしておくよ」
うわ、強欲な老人に捕まってしまった。あと、孤独な独居老人の話し相手になってしまうことなどもあるが、こういう時は一旦撤退するしかない。「他に候補地もあるのでまた今度」と言い訳をして渋谷に戻ることにした。
道玄坂の事務所に戻ると、留美音がまだ居た。もう八時半を過ぎている。
「何かあったの?」
事務所で購読している新聞を彼女はテーブルの上に広げた。「この記事読んで下さい」促されるままに三面記事を読む。
「午後四時半頃、小田急サザンタワー付近で女性が倒れているのを通行人が通報した。持ち物から高校教諭、市川頼子さんと判明。市川さんは病院に搬送されたが、死亡が確認された。財布が奪われていたことから、新宿署は強盗殺人の疑いで捜査を進める。市川頼子が、死んだ?」
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