第4話 初めての尾行
次の日の午後三時半頃、俺のスマホに画像が添付されたメールの着信があった。戦勝記念学院の教職員名簿の一部。市川頼子の住所や電話番号が載っているページの画像。なるほど、渋谷区本町か。なるほど、だったら最寄駅は初台かな、と考えていたら、予想通り留美音からスマホに電話があった。
「所長、メール届きました?」周りを気にするような声。まだ学校なのか?
「届いたよ。勤務時間外にお疲れ様」
「今、市川先生を尾行してるんです」彼女の言葉に思わずのけぞった。
「いまどこ?危ないから落ち合って合流しよう」
「恵比寿です。あたし一人で楽勝です、それでは」通話が切られた。
二日目でもうプロになった気でいるのか。自分が尾行に向かない容姿だということを全く理解していない。だがバタバタしても仕方が無いので報告を待つことにしよう、市川頼子はどうせ途中で買い物して、初台に帰るんだろう。尾行と言うのは大抵そういうものだ。
十五分位してから、また留美音から電話があった。
「今、新宿です。市川先生がヨドバシカメラに入りました。あたしは今入口ですが、先生スマホ選んでます、わ、こっち戻って来た」再び通話が切られた。彼女は一生懸命なようだが、素人丸出しだ。
また十五分位してから電話があった。留美音は一応「十五分おきに報告」という義務を自分に課しているらしい。
「留美音ちゃん、今どこ?」
「新宿西口の、坂道昇るとこって行ったら分かります?」
「ああ、モザイク通りのこと?知ってる。今どうしてるの?」
「市川先生がカフェで男の人と会ってるのを、店外からこっそり見てます。あ、ちょっと待っててください……お待たせしました」
「どうしたの?」
「八歳くらいの女の子に『ルミネちゃんだー』と遠慮なく指差されたのでサングラスを掛けたところです。それで、市川先生なんですけど、何か難しそうな顔してます」
「男の人は見たことある人?」
「いえ。でも恋人って感じではないです」
「男の人の顔は?」
「あたしからだと背中向けてるから見えません」
「それでいい、もうこっちに帰ってきなさい。顔を覚えられたら危険だ」
「分かりました。そちらに向かいます」
留美音は案外素直に俺の命令に従った。自分でも限界を感じたのだろう。
事務所にやってきた留美音は、妙に大きいサングラスをしていた。ハリウッドのセレブが掛けているようなタイプのものだ。
「あー、すごい緊張しちゃいました」よほど疲れたのだろう、彼女はサングラスを外して応接テーブルの上に置き、試合後のボクサーのように頭を垂れ、ぐったりとソファーに腰を下ろした。
「今回は特別に二時間分の時給をつけておくけど、もう僕以外の指示で動いたら駄目だよ」
「ありがとうございます、すみませんでした。見られるのと見るのって、全然違うんですね」うつむいたままの留美音がまとまりの無いことを言った。
「ん?何の話?」
「モデルとして撮影される時も緊張しますけど、尾行はまた違う緊張感があって、楽勝だと思ってましたが撤回します、恐かったです」
「そうだろう、僕も未だに恐いよ、ばれて胸倉掴まれて駐車場の隅っこに連れて行かれたこともあったし。とにかく女の子一人じゃ危険だよ」
「そうですね。まさか八歳くらいの女の子まであたしの顔知ってるとは思ってなかったし」
「お姉さんの雑誌を借りて読んでたんじゃないか?」
「あ、そういうこともありますよね。軽率でした。ところで市川先生の旦那さんの背格好とか分かります?」
「調べれば、それは分かるけどどうして」
「さっきの男の人、先生の旦那さんだったかもしれないと思って」
パソコンを起動させ、とりあえず、「市川頼子 夫」で検索してみた。
「市川剛史、社会人バスケの選手。年齢三十五歳。身長は、一八二㎝。このネット記事の情報自体間違ってる可能性があるけど、留美音ちゃんが見た男の人と比べて、どう?」
「年齢と身長は大体それぐらいでしたけど……」
「それじゃ、僕が写真でも撮って確認してくる他無いね。ネット検索だと顔写真は出てくるかもしれないけど、後ろ姿は出てこないから」
「あたしが直接見比べるっていうのは駄目ですか?」
「マンションの前でサングラス掛けて?帰宅時間も分からないのに?そんなことさせられないよ」
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