第3話 JCは依頼人

 萬屋探偵事務所で週五日、午後五時から八時までという条件で働くことになった古手川留美音は勤務日初日に仕事の依頼人を連れて来た。「中等部のコです」と紹介された女の子、矢島沙羅十五歳は小柄細身で前髪オンザ眉毛の優等生。


「以前から依頼されていた仕事が溜まっているので……」及び腰の俺に、矢島沙羅を後ろに庇うように立つ留美音は言った。

「所長、矢島沙羅に支払い能力があるかどうかを案じてらっしゃいますね?」

「まあ、それもあるが」

 二人の少女の身長差がすごい、二十㎝は違うな、などと余計なことを考えながら俺は返事をした。


「沙羅ちゃん、あれ出して」

 先輩の命令に従い、矢島沙羅は学生鞄から封筒を取り出し「これは前金です」と言いながら俺に差し出した。中身を見れば、二十万円。中学生がこんな大金を?

「あたしが貰ったお年玉の一部です。足りないですか?」矢島沙羅は不安そうに俺の顔を見上げた。


「依頼の内容について訊いてもいい?」

 来客用のソファーに腰を下ろした矢島沙羅は、しばらくためらった後に口を開いた。

「あたし、バスケットボール部なんですけど、部員が着替えを盗撮されたんです」

 依頼者は女子中学生。慎重に対応しなければ。

「犯人逮捕は警察の仕事になるんだけど通報しないの?」


「警察沙汰になると、証拠として動画を提出しなければならないので。盗撮を止めさせたいんです」

「盗撮されたのは、いつ、どこで?」


それは、と口ごもる沙羅に代わり、立ったままの留美音が返事をした。

「部室でも合宿でもされてたみたいなんですよ。でも、カメラが見つかったわけじゃないんです」

「じゃあ、どうして盗撮されたって分かったの?」

「動画サイトに編集された動画がアップロードされていました。あたしが所属しているモデル事務所の先輩に、『これルミネの学校の制服だよね?』って教えられて」


「聞いていいのかな、それって中等部のコだけが映ってたの?」

「ええ」留美音はうなずいた。「部室は、中等部と高等部で分かれてるんですけど中等部だけでした」

「先生には相談した?」

「顧問の先生が犯人かもしれないよって留美音ちゃんに言われたから、してません」矢島沙羅が答えた。「だって、動画の編集とか、子供じゃ無理ですから」


「チームメートが撮影して、それを大人に渡す、という手口もあるから、先生だけが怪しいとも言い切れないんだよ。その動画を見ないと何とも言えないんだけど」

「その動画をダウンロードしたDVDは、実は今持ってます。でも、男の人には」留美音が顔を曇らせた。


「分かった、それじゃ留美音ちゃんが気付いた点を口で言ってもらうだけでいい」

「あたしがおかしいなって思った点だけ言います。まず、部室の盗撮ですけど、そんな明るい訳じゃないのに妙にくっきり映ってるんです。多分ですけど、赤外線カメラが使われています。合宿所は、山梨にある学校付属の施設なんですけど、これもおそらく赤外線カメラ。ただし、中等部と高等部合同でのバスケ部の合宿だったのに、中等部の着替えだけが映っていました。高等部のバスケ部が先に着替えをしたので、高等部のバスケ部の部員がカメラを仕掛けた可能性もあります」

「顧問の先生は?」

「中等部の顧問は男ですから、まず出入り出来ません」

「ん?それじゃ高等部のバスケ部の顧問は女?」

「そうです。でもあんな真面目な人が……」


「その先生の名前は?」

「市川頼子、体育担当。年は三十四、五だったはずです。オリンピックでメダル獲った人だからネット検索したらすぐ出てきます、あ、でも市川は旦那さんの名字だから、村田頼子で検索した方が情報量多いかもしれません」


「ネットの情報よりも、学校の名簿に教職員の住所が載ってるよね?それ明日持って来てくれるとありがたいんだけど」

すると留美音は何故かビクッと体を震わせ「コピー、じゃ駄目ですかあ?」と俺の顔色を伺うような、妙に卑屈な態度を取った。


「それでも構わないよ」俺の返事を聞いた留美音はほっとした様子で、

「それじゃあまた明日。もう夜の八時ですので」と矢島沙羅の小さな背中を押しながら帰って行った。


 その時点では、女の子の個人情報満載の名簿を渡すほどには信用が無いってことか、くらいにしか思っていなかった。とにかく前金で二十万貰ったからには他の仕事は後回しだ。


 事務所のパソコンで「市川頼子」と検索。

同姓同名の他人の情報の中に、『戦勝記念学院高等部バスケットボール部を国体優勝に導いた市川頼子』についての記事があった。なるほど、選手の動きをビデオに撮り、それを本人に見せて指導しているのか。


盗撮犯と決めつけるにはまだ早いが、カメラの扱いにはそれなりに熟達していると見ていいだろう。それと年齢は三十四、五も行っていない、まだ三十。美人とは言えないが、この手の女が年下の男に貢いだりするんだよな、などと思いつつ、留美音がモデルをやっているミコラという雑誌を本屋などで見たことが無かったので、実在するのか?と今更ながら疑いつつ検索したら、オフィシャルサイトがあった。


 専属モデル一覧を見ると確かに彼女の紹介が。身長一七三㎝には驚かないが、オフィシャルブログを覗けば、将来の夢:女優などと書いてある。そうした華やかな世界の住人であるはずの彼女が、何故求人情報誌を見て、こんな小規模な探偵事務所で働きたいと思ったのだろう。今更ながら疑問に思った。


しかし雑誌やネットに顔出ししているということは、まあ悪いことは出来ないコなんだろうと判断した。

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