第2話 新助手はJK

 菜々子の親が軍手製造工場を担保にして銀行から金を借り、慰謝料を払った。菜々子本人にはもう興味は無い。斉藤茂雄は勤務時間中の浮気ということで解雇され、奥さんからも離婚されたそうだ。それでも慰謝料は一括で払ってもらった。俺が反省すべき点は、童顔巨乳に釣られて結婚してしまったことだ。


 それはともかく、新しい助手が必要になったので求人雑誌に広告を出すことにした。

「萬屋探偵事務所 勤務地:道玄坂 業務内容:業務補佐等 委細面談」

 明るい雰囲気の職場です、と入れようと思ったが思い止まった。事務所がある雑居ビルの一室で大麻が栽培されていて、それが先週摘発されたばかりだったから。


 広告を見て面接の予約を入れた女性が時間通りに来ない。場所が分かりづらいかな、とビルの表に出てみたら、中東系の男が神経質そうな面持ちでスマホに向かって怒鳴り散らしていて、周りを観察すれば、彼の仲間らしき男が頭から血を流し、うんざりした顔で道端にしゃがみ込んでいた。詳しい事情は知らないが、おそらくよくある仲間割れ。


 応募者の女性はその現場を目撃してしまい、恐れをなして渋谷駅に引き返したようだ。携帯で通話を終えた男はこちらに警戒心に満ちた眼差しをちらりと向け、頭に怪我をした男に肩を貸し、逃げるように立ち去っていった。


 タイミングが悪いにも程があるよと思いつつ三階の事務所に戻ると、ドアの前に背の高い、細面の少女が黒の学生鞄片手に立っていた。紺色のコートの下から灰色のブレザーとギンガムチェックのスカートが覗く。学校名は思い出せないが中高一貫教育の女子高生。


「何か御用ですか?」学生が何の用だと思い、訊いてみた。

「わたし、古手川留美音と申します。面接に来ました」ハスキーな声で少女は返事をし、俺に向かって深々と頭を下げた。

「あなたが古手川さん?年齢は二十五歳で求職中だと電話では言っていたけど」

「本当は高校二年生で十七歳です。正直に言ったら会ってもくれないだろうなと思って」

 困ったなと思ったが、温和そうな笑顔で「すみません」と言われたら帰ってくれとも言えなくなり、一応話を聞くことにした。


履歴書を見れば戦勝記念学院高等部二年生の十七歳、職歴にモデル等、特技はダンスとある。

「まだ高校生ということだけど、この仕事はある程度人生経験が無いと難しいと思うんだ」

「職歴なら三歳からモデルをやってました。履歴書にモデル等、と書いたのは、全部書くと書き切れないからですが、萬屋さん、ミコラというファッション雑誌、御存知ですか?」

「ミコラ?いや、残念ながら」

「よろしければ、これをご覧ください」


 留美音に差し出された雑誌を見れば、クールな面持ちの、セミロングの黒髪が美しい少女がポーズを決めて写っていた。机を挟んだ目の前のパイプ椅子に座っている少女はおっとりした感じのコだが間違いなく同一人物。


「ミコラは小学校高学年から中学生向けの雑誌なんですけど、ミコプチっていう小学生全般向けの雑誌があって、あたしはミコプチから今に至るまで専属モデルなんです」

「それじゃ、別にバイトをする必要はないんでは?」

「と、思われるでしょうが、ギャラが安いし、仕事が不定期だし、少子化で発行部数も減ってるから、もう廃刊かも、っていう話もあって……どっちみちお父さんとお母さんが離婚しちゃって大学進学も経済的に無理だから手に職をつけたいんです」


「主な業務内容は浮気調査なんだ。調査対象をホテルの前まで尾行することもある」

「お母さんには話して、納得してもらいました」

「学校に知られたら問題になる可能性もあるけど」

「水着モデルをやったら退学、という念書を入学時に書かされましたけど、探偵さんも水着になったりすることがあるとか……?」


「僕とカップルを装って盛り場を夜中うろつくこともある。それでもいいの?」

「変装というかコスプレなら自信があります。仕事柄、というのも変ですけど」

留美音のたたずまいを見た。黙っていると妙に大人っぽい。

「腹が座ってるね」


「そんなことないです、今もドキドキしてます」照れ笑いをする彼女。俺も女子高生と二人きりだと気付いた。妙な罪悪感が湧いてきてドキドキした。

「返事は来週の月曜日でいいかな?僕は出来ればフルタイムで働ける人を雇いたいので、そういう人が来たらそっちを優先する、そこは理解してもらえるかな?」


「分かりました、よろしくお願いします」

 少女は立ち上がり、深々と礼をして帰って行った。

 彼女は歳の割にしっかりしたコだが未成年。当面モデルの仕事が優先らしいので、是非雇おうとは思っていなかった。

 だが彼女に続く応募者は現れず、彼女を採用することとなった。

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