寝取られ探偵とファザコンJKモデルの事件簿

スリムあおみち

第1話 NTR探偵誕生

 医者は自分が専門とする分野の病気にかかりやすいという。内科の医者は細菌性大腸炎になり、外科の医者はスキーで骨折し、そしてある神経科の医者は朝起きたら顔の左半分が麻痺して動かなくなっていたそうだ。


 しかし。浮気調査を主な業務とする探偵である俺が、妻に浮気されるとまでは考えていなかった。


 俺こと萬屋万太郎は、渋谷区道玄坂に事務所を構える探偵三十六歳。助手に妻の菜々子を使っていた。だが、何かがおかしいと感じた俺は菜々子に「二泊三日で群馬に出張する」と嘘をついた。群馬に仕事で出張するというのは本当。しかし実際一泊二日。


 世田谷区のマンションに帰ってみれば夫婦の寝室に菜々子と小太りで色白の四十前後の男が二人きり。これから始まる雰囲気満点。菜々子はしばらくポカンとした様子で俺の顔を見ていたが、やがて立ち上がり、取り繕うような笑顔全開で俺に歩み寄った。

「この方、仕事の依頼でいらした斉藤さんで」今更言い逃れが出来るわけもないのに。


 斉藤と呼ばれた小太り男は背広のポケットを探り「初めてお目にかかります、わたくしこういうもので」と名刺を俺に差し出した。斉藤茂雄、大手不動産営業部所属。俺も自分の名刺を黙って渡したら「マンションの売買の御相談を奥様から受けまして」と、菜々子が言っていることと食い違うことを言い出した。


「ちょっとそこどいてもらえます?」俺はベッドの裏に貼りつけてあったボイスレコーダーを取り出した。菜々子が俺を指差して非難。

「身長一六八㎝しかないくせに、何様のつもりなのよ!」ちなみに彼女の身長は一四九㎝。


「何様のつもりとはどういうことだ」

「近所の人に『旦那様の職業は』って訊かれて、『探偵です』と答えた時の微妙な反応、想像できるわよね?」

「そんなこと、結婚する前からお前も想像出来たろ?」


「それが、出来なかったのよ」菜々子は何かを諦めたような笑みを口許に浮かべた。

「富山の軍手製造工場主の娘で、一般職OLのあたしだって、世田谷区の地主の息子と結婚出来るんなら、職業とか、どうでもよかったの」

「ともかく、俺が留守の間に男を引っ張り込んでいいと言った覚えは無い」

「年収二千万、一部上場企業勤務。小太りはダイエットさせれば変わるもん、身長だって一七八㎝あるのよ」菜々子がひっくひっくと嗚咽し始めた頃、それまで黙っていた斉藤茂雄が遠慮がちに口を開いた。


「菜々子さん、ダイエットさせる、っていうことは……」

「結婚したら、食生活管理が出来るでしょ?」

「ごめんなさい!」斉藤茂雄が菜々子に向かって土下座した。


「僕、妻子がいるんです、軽い火遊びのつもりだったんです」

「じゃあ、嘘ついてたのね?あたし、被害者!訴えてやる!」嗚咽を止めて、菜々子が逆ギレし、斉藤茂雄に掴みかかったのを見下ろしながら俺は言った。


「ボイスレコーダー、まだ回ってるよ。これから事務所休業して富山に行って、君の両親にこれ聞かせて、どれくらい慰謝料請求出来るか弁護士さんと相談するから」

 すると菜々子は不可解そうな面持ちで俺を見上げた。

「だから、あたしが被害者なんでしょ?」

さすがに呆れてものが言えなくなった。

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