第53話 六月三週(⑭)

 その後の俺達は、南の父親との約束の日に向けて、徹底的に話し合った。


 まず、俺と南の現状について。


 前提として、俺は南とこのまま一緒にいられる方法を取りたい。

 この街から南が引っ越さずに暮らせること、これが俺の考える最善だ。


 次善――俺にとっての最善からは大きく差が付いてしまうが―――は俺が四国まで引っ越すという手だ。


「『示す』って言うくらいなら、四国に行く場合の内容も示せるようにしておいた方が良いかもな」

「そうか?」

「せいらちゃんの親父さんに、『こいつ本気だ』って思わせるなら、それくらいしておいた方が良いだろ。やれるかやれないか、やるかやらないかはその後だ」


 これについては、実現する方法、つまり必要な手続きや金額を調べておくことにした。

『いざとなれば、こうすることができる』という考えを腹の中に持っておき、覚悟しておくためでもある。

 ……そうならないように、最善に向けて全力を尽くすつもりだが。  


 そして次に、その最善を取るために何をしていくか。

 つまり、南の父親が俺に何を求めたか、だ。

 この『何を求めたか』に俺なりの答えを出さないと、前に進めない。


「遼太郎は、『責任を持つ』って言ったんだよな。それは何に対して、だ?」

「『ずっと一緒にいて、悲しい思いも寂しい思いもさせず、幸せにする』って言った」

「……何度聞いてもプロポーズだよな」

「あんまり言うなよ……」  


 ここで俺達は躓いた。

 具体的な答えがまったく出てこないのだ。

 例えば、目標とするものが『テストで100点を取る』とかならまだ良い。

 できるかできないかは別としても、目指すべきゴールが明確だし、そのためにやるべきことも明確だ。


 しかし、今回の話に当てはめてみると、こういうことになる。


 俺は『悲しい思いもさせない』『寂しい思いもさせない』『幸せにする』と言った。

 その言葉を目標にして、何をすべきか考えてみると、これといった答えが出てこないのだ。

『一緒にいる』という言葉が何となく浮かんでくるが、こんなもので納得させられるはずがない。

 南の父親が言った、『自分の言った言葉の意味を考えろ』とは、こうなることを予期してのことだろうか。


 俺達はゴールが見えない状態に陥った。 


「……やっぱ勉強とかしてさ、『せいらさんがいると、僕、頑張れます!』みたいな感じか?」

「まぁ、期末試験もあるしな」

「高得点取って、『僕は勉強ができるので、せいらさんにふさわしいです!』って」

「……でも、何か違くないか? お前の試験の点数が良くて、せいらちゃんは寂しくないのか? 幸せになるのか?」 

「……う~ん、やっぱり『一緒にいること』、それが俺が言ったことに対しての責任の取り方のような気がする」

「いや、それはせいらちゃんの親父さんが納得した後の話で、納得させる話じゃないだろうな」

「だよなぁ。『思ってる』は根拠にならないって言ってたしなぁ」

「この場合だと、『一緒にいたいと思っている』っていう示し方になっちまうからな」


 結論が出ない話を、延々と同じ姿勢で話していた。


「……う~ん」

「ふぅ……」

「松本に相談してみようか……。いや……」

「う~んこしたい」

「……いや、お前何言ってるんだよ」

「は?」

「トイレ行って来いよ」

「お前こそ何言ってるんだよ?」

「『うんこしたい』って言っただろ?」

「?」

「さっき。ちょっと面白い感じで」

「あ……。『う~ん、腰痛い』って言ったんじゃねーか」

「……」

「……」


 そこで俺達は相当疲れていることに気付き、休憩を取ることにした。

 昼食の前だが、ポテチの袋を開けてつまむ。


「でも、他の人にも相談してみるってのは良い考えかもな」

「え?」

「さっき、『松本に相談する』とか言ってただろ?」

「ああ……」


 多分冷やかされず、真面目に聞いてくれるかもしれない。


「これだけ話しても結論が出ないからな。自分達だけで考えるよりは良いアイデアが出る可能性もある。俺の意見だけじゃなくて」

「……あ」

「どうした?」


 日置の『自分達だけ』という言葉に、俺は閃くことがあった。


「……答えって訳じゃないかもしれないが。ちょっと聞いてくれ」

「ああ」

「さっきまで、俺が何をするか、俺が何を示すかって話してただろ?」

「そうだな」

「そうじゃなくて、南も父親に示すことが、答えに近いんじゃないか?」

「……どういうことだ?」


 俺は閃いた内容を整理しつつ、言葉にしていく。

 日置には分かりづらいかもしれないが、自分の中で答えに近付いた感覚があった。


「いや、多分南の父親が求めているのは、俺の長所とか、願望とか、そういう話じゃないんだ。あ、いや……。長所があるってのは前提だが、俺という存在が、南にどういう影響を及ぼすのかってことじゃないか?」

「うん?」

「えっと……。つまり、俺といることで、南にどんな影響が、どんなメリットがあるか。この二週間で、俺といることで南がどんな行動をして、どんな結果を出すか」

「ほぅ」

「例えば……。俺がこれから凄く勉強して、試験で高得点を取る。でも南をないがしろにする。……南はこの一週間で色々あったから、それは多分勉強にも良い影響なんてないし、南の試験の点数も落ちる。南と一緒にいられてないし、俺の言葉とも矛盾する。南の父親は納得しない」

「たしかに」

「じゃあ、俺と南が勉強もせずに一緒にいる。寂しい思いは確かにさせないが、南の父親が納得なんてするはずない」

「そうだろうな」


 俺は同じ言葉繰り返しながら、ようやくまとまった結論を日置に伝える。


「だから、俺だけじゃない。俺と南がこの二週間でお互いでどんな影響を与えたか。どんな行動をしたか。それによってどんな良い結果になったか。そしてそれは、この先にどう繋がることなのか。……それを南の父親が納得する形で示す、そういうことじゃないか?」


 この結論は、俺が『こうであってほしい』という願望も大いに含まれている。

 しかし、自分の中でもスッと納得できるものがあった。

 日置は俺の話を聞いて、「なるほどな」と呟いた。

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