第51話 六月三週(⑫)
俺はその言葉を聞いた時、『その手があったか』と思った。
それ以上に、『そんなのは無理だ』とも思った。
高校生の俺が、四国に住もうとすると、よほど特別な理由がないと無理だ。
必要とされているのは、俺と南の間にある、個人的な理由ではない。
「……ああ。一瞬、『確かに』って思ったが、さすがにそれは無理じゃないか」
「そうか?」
「少なくとも転校は絶対無理だろ? 親も一緒に行くことになるし、それはつまり親に転職してもらうってことだ。これはさすがに厳しい」
「そうだな」
「方法としては……。俺が学校を辞めて、向こうで働くとか、か?」
自分で話していて思うが、現実的ではない。
「いや、日置、やっぱり無理だ」
日置は真顔のまま俺の話を聞いていた。
間違ったことは言っていなかったと思うが、日置は俺の結論を聞いて、少し考えた後に話し始めた。
「これはお前の問題だと思うし、説教する気もない。二人には上手くいってほしいとも思っている。それを踏まえて、遼太郎。引っ越しっていうのは簡単にできるものじゃないよな?」
「……ああ」
「正直、解決方法なんていくらでもある。『正解がない』なんて言わない、『正解は一つじゃない』ってことだ」
「……?」
日置の言うことにピンと来なかった俺は、そのまま話を聞く。
「あ~……。例えばだけど、お前にとって一番良いのが、全部このままってことだ。それは、せいらちゃんが引っ越さないこと」
「ああ、そうだな」
「そのためには、親父さんが転勤しない」
「うん」
「ただ、会社の都合で、話が出ている。じゃあ、どうするか」
「……」
「今の会社で、今の場所で働き続けてもらう。これは何をやっても無理か?」
「まぁ……。無理なんじゃないか? 南の父親や俺が何とかできる話じゃないだろ」
「じゃあ、会社を辞めてもらう」
「いやいやいやいや」
暴論も良いところだ。
確かに、転勤の話は消えるし、南の引っ越しはなくなると思うが……。
「無理だろ」
「なんでだ? せいらちゃんの親父さんだけで何とかできる話じゃないのか?」
「なんでって……。そう簡単に辞められないだろ。給料もなくなるし、家族を養えなくなる。そうすれば、南だって大学に進学できるか……」
「まぁ、そうだろうな。何かの事情で、娘のために転職したり会社を辞めたりってのはあるかもしれないが……。普通はしない。ましてや、事情が高校生の恋愛だ。娘の恋愛のためだけに、仕事を辞めたりなんかしないし、引っ越しもやめられないだろ」
日置は俺の答えが分かっていたかのように言う。
一体何が言いたいのだろうか。
「だけど、お前はそれをしろ、って言ってきたんだ。『俺はせいらちゃんが好きで、せいらちゃんは俺を好きです』っていう理由で。お前自身が何度も『無理だ』って言いたくなるようなことを」
「……」
「何度も言うが、お前を責めてる訳じゃない。俺は応援してる。最初の話に戻るが、お前が四国に付いていくって話。これは、せいらちゃんの親父さんが退職する話と、どっちが現実的だ?お前がやろうと思って実現できるのは、どっちだ?」
「それは……」
全く現実感はなかった。
その二択なら、やはりどちらも無理なように思う。
それでもと問われれば、俺が四国に行く方がまだ現実感がある。
そう考えながら、答えを口に出せないでいると、日置が話し始めた。
「……別にお前に四国に行ってほしい訳じゃない。話を整理しているだけだ。
最悪、お前がその気になりさえすれば、せいらちゃんと離れない方法はあるってことを伝えたかった。
お前の未来を考えた時に、せいらちゃんと離れた方が後悔しないのか、せいらちゃんを追いかけた方が後悔しないのか、だ。
それと、横から聞いたお前の話。お前がせいらちゃん達に言ってることがどういうことかを分かってほしかった。
俺だって、親父さんが転勤することになっても、せいらちゃんだけが残ってくれるってのが一番良いと思うさ」
俺は、なんとなく自分はそのまま今の高校に通って、なんとなく卒業して、という考えしかなかった。
俺は南の家で話をした時、確かに真剣だった。
『責任』という言葉も口にした。
これ以上ないくらい真っすぐ、南家の事情に立ち向かった気でいた。
……自分自身の今の生活を壊してしまうことなど一切考えずに。
むしろ、南と離れ離れになる自分が被害者だとばかり思っていた。
南の父親が言っていた、『時間が必要』というのは、こういう意味だったのだろうか。
俺は真剣だと思っていた自分の考えが『甘かった』と思い知らされて、あらためて自分の覚悟が問われていることに気付いた。
日置の言葉は耳に痛い部分もあった。
聞いていて腹が立つ内容もあった。
しかし、日置とここで話していなければ、どこか足りない覚悟で南の父親と対峙することになっていただろう。
一方で、俺の気持ちは萎えてなどいない。
これだけ日置の話を聞いても、大いに反省しつつも、『負けるものか』という思いが湧き上がっているのを感じている。
俺は心の中で、日置に感謝した。
それと同時に、疑問が浮かんだ。
「日置……。お前の言うことは良く分かった。……だが、それにしたって、良くそんなにスラスラと話が出てきたな。引っ越しの話も、驚いてなかったみたいだし……」
俺の質問に、日置はニヤリとした気がしたが、それはどこか自嘲的なものを含んでいた。
少しの間があり、日置は俺の疑問に答えた。
「……お前にも話したと思うが、俺は中学校の時に岡山からこっちへ引っ越してきた。それで、同じようなことを何度も考えたことがある」
日置はコミュニケーション能力が高く、女子慣れしている。
もっと言えば、女子にモテるタイプだ。
だと言うのに、そういった話がなかった理由を、俺は初めて知ることになった。
「俺は、岡山に彼女がいるんだ」
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