第48話 六月三週(⑨)
「うん……。家の近く……。ゴメン、すぐ帰るね」
南は父親からの電話に出て、必要なことだけを言うとすぐに電話を切った。
一方的に怒られるということもなく、心配からの電話だったようだ。
気付けば、高校生はもう家にいるべき時間になっていた。
「大丈夫?」と俺が聞くと、「うん、そろそろ帰って来いって……」と南が言った。
「そっか……」
俺はそう言いつつも、その場から動くことができずに立ち尽くしていた。
すると、南がハンカチを取り出し、俺の頬を拭ってくれた。
「今日、遼太郎と話せて良かったよ。……来てくれてありがとうね」
その言葉にまた涙が溢れそうになったが、グッと堪えた。
「……帰ろっか」
その言葉が終わりの合図となった。
「南」
俺は帰ろうとする南に手を差し伸べた。
「……ん」
俺は握手のつもりだったが、南は隣に来て、俺と手を繋いだ。
そしてそのまま、南の家に向かって一緒に歩き出した。
俺は、最後に握手して、ここで別れようと思っていた。
何とかこの気持ちに、区切りを付けようとした。
だが、一度繋いでしまった南の手は、二度と離してはいけないもののように思えた。
――畜生。
このままで、良い訳がない。
諦めたら、昨日と同じだ。
ここで南の手を離したら、カスみなたいな高校生活を送って、その後も引きずって、一生後悔する。
分かってるんだよ、そんなことは。
俺に必要なのは、物分かり良く諦めることじゃない。
南だ。
他の何でもなく、俺に必要なのは南だ。
南との間にはもう会話はなかったが、俺の心には強い思いが生まれていた。
俺は、完全に腹を括った。
――
南の家の前に到着して、一旦俺達は足を止めた。
南は名残惜しそうに、俺の手を離そうとした。
だが、俺はその手を逆に強く握り締めた。
「え……?」
「南。先に謝っておく。後で怒られたらゴメンな」
そして、そのまま南の手を引いて、玄関のチャイムを押した。
「ごめんください!」
驚いて固まる南の手を握ったまま、俺は南の家族に呼びかけた。
しばらくして、ガチャリとドアが開く。
そこにいたのは、南の父親だ。
四十代半ばだろうか、スラっとしており、中々見かけないくらいにスタイルが良い。
南は父親似だったのだろう、まったく贅肉のない引き締まった顔は、俳優のように整っている。
その南の父親は俺を見て怪訝そうな顔をした後、自分の娘が俺と手を繋いでいることを確認し、眉をひそめた。
「こんばんは」
「……せいら、どういうことだ?」
「おとうさん、僕から説明します」
南には話をさせず、俺から話す。
俺はもう、これが最後だと思い、必死だった。
「……君に『おとうさん』と呼ばれる筋合いはないが」
「では、南さん」
「……まず、その手を離したらどうだ」
「説明したら離します」
「聞く気はないと言ったら?」
「聞いてもらえるまで、離しません」
南の父親は顔をしかめて俺と問答した。
「大体君は誰だ?」
「『山岸 遼太郎』と言います」
そして、その後の言葉に、これ以上ないくらい力を込めて言った。
「せいらさんと、『両想い』している、ただのクラスメートです」
――
気付けば、南の母親も玄関まで来ており、俺と夫のやりとりを見守っている。
南の父親はその言葉を聞いて、南の方を向いた。
すると、南は何も言わず、震えながら小さく頷いた。
南の父親は「ふぅ」と大きく溜息を吐くと、「分かった。話は聞くから、とにかくその手は離しなさい」と言った。
俺はこれ以上手を握るのも逆効果かと思い、手を離そうとした。
しかし、南は逆に俺の手を強く握って、離そうとしなかった。
そして南は、緊張した面持ちで言った。
「ゴメン、お父さん。遼太郎が言ったように、全部話してから。私、この手を離しちゃったら、言いたいことが言えない気がする」
南の父親は一瞬とても悲しそうな顔をした気がした。
「……とりあえず、中に入りなさい」
その顔を俺達に見せたくなかったのか、すぐに後ろを向き、南の父親は俺達を家の中に招いた。
――
「失礼します」
リビングに通され、そのままソファに腰掛ける。
南との手は繋いだままだ。
正面に南の父親が腰掛け、母親はキッチンの方で何やらお茶の用意をしている。
「……さて。それでは、私にも分かるように、説明してもらおうか」
「はい」
南の父親は真っすぐに俺を見て言うが、俺も正面から見返す。
傍から見たら睨み合いにしか見えない光景だろう。
顔だけは南の父親を見ながら、俺は何から話すべきか考えた。
帰るのが遅くなったこと……いや、そこじゃないな。
俺と南がなぜ手を繋いで現れたか、だ。
色々な理由が頭の中をグルグルと回ったが、出てきた言葉は一言だった。
「……せいらさんを、行かせないためです」
「……」
その言葉に、南の父親は応えない。
もしかしたら、意味が分からなかったのかもしれない。
俺はもう一度、口を開いた。
「せいらさんを、四国に、行かせないためです」
またしても南の父親は無言で南の方を見た。
南は気付けば俺の手を両手で握っていて、震えながらも南の父親に頷き返した。
「……それで、私が、『分かった』とでも言うと思っているのか?」
俺達は、所詮高校生だ。
それも、まだ中学校を卒業して間もない、世間一般で言う『子供』だ。
そんな俺達の言葉には、何の権力も、実行力もない。
だから、そう簡単にことが進むとはまったく考えていない。
「……思いません」
「そうだな」
だが、強い思いがある。
それを、俺は言わなければいけない。伝えなければならない。
自分勝手だろうが、お子様だろうが。
俺達のこの思いが、何よりも大切だと思っている。
後には引けない。
引く気もない。
俺は南の手をギュッと握った。
「それでも、僕は本気です。
ここ二~三か月だけの話じゃないです。
せいらさんとは小学校の時からずっとクラスメートで、お互いのことを良く知ってます。この高校を選んだ理由だって知っています。
頭も良くて、思いやりがあって、美人で、自慢のお嬢さんだと思います。
でもそれだけじゃない、せいらさんの良いところ、そうでもないところ、全部知ったうえで、全部ひっくるめて好きになってしまいました。
だからこそ……この先もずっと一緒にいたいと、支えていきたいと思っています」
「……」
「……それが、せいらさんの気持ちにも、寄り添っていると思うんです」
南が握り返してくれるのを感じながら、俺は話す。
南に言えなかった言葉でさえも、余すことなく伝える。
「……君は、この先どうなるか分からない、不安定な一時期の付き合いと、家族との生活を天秤にかけて、どちらを選ぶと思う? 私が娘のために、どう判断すると思う? 『思ってる』という言葉は根拠にはならない。冷静に考えれば分かるだろう?」
「……分かります」
「じゃあ……」
『諦めなさい』と続きそうな南の父親の言葉を遮って、俺は言った。
「だから、僕が一生責任を持ちます。ずっと一緒にいます。悲しい思いも、寂しい思いもさせません。幸せにします。せいらさんとのお付き合いを認めてください。せいらさんを……四国に連れていかないでください」
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