第47話 六月三週(⑧)

 人の気配がない、俺達の家の近くにある公園。

 そこに着いてから、二時間近く俺と南は話をしていた。

 おかげで、大体の事情を把握することができた。


 南の引っ越し先は四国。

 今、俺達が住んでいるのは関東。

 スマホで調べてみると、最寄駅から引っ越し先付近の駅まで、約八時間半と表示された。

 俺にはそれが、想像もつかないくらい遠い場所に思えた。


「……引っ越しは、いつになるんだ?」

「まだ分からないけど、こっちの終業式が終わってから……。夏休みが明けたら、新しい学校に通うことになりそうだって……」


 どうやら、今日や明日、南がいなくなってしまう訳ではないらしい。

 とは言え、転校先を決めたり、転入試験の勉強をする必要があるらしく、残された時間はあとわずかだった。


「……そしたらもう、会えないのか?」

「四国、だからね……」


 俺が社会人、いや大学生であれば。

 あるいは関西や中国地方に住んでいれば。

 多少の距離は何とかできたかもしれない。

 

 だが俺は、関東の片田舎に住んでいる高校生だ。

 その距離の壁を越えられるイメージが、どうしても浮かばなかった。


「遠いな……」

「遠いね……」


 長い時間話している間に、南の涙は止まっていた。

 俺にすべてを話して、少しだけ気が晴れたのかもしれない。

 南は気丈に振舞い、笑顔すら浮かべながら、話し始めた。


「――でも、良いんだ。

 最後に、遼太郎と仲直りできたし。


 高校は知り合いのいないところって思ってたから。

 最初から四国に行っちゃえば、それはそれで願いは叶ったのかもしれないけど。


 この三か月間で、ちゃんと遼太郎と話せた。

 千恵や久美、大事な友達もできた。


 ふふ。

 色んなことがあったね。


 まさか、遼太郎と一緒に勉強して、私が教える日が来るなんて、思ってもいなかったよ。

 この前のラーメン屋も……。

 あんなに面白い時間になるなら、久美も来れれば良かった。


 知恵、良い子だったでしょ?

 久美も同じくらい、凄く良い子なんだ。

 遼太郎とも、仲良くなってほしかったな。

 あ、でも久美は可愛いから……。遼太郎、緊張しちゃうかもね。

 あはは、冗談冗談。


 ……うん、楽しかった。

 最高の時間だったよ。


 だから、全然悲しい話じゃなくて。

 本当にあっという間だったけど。

 神様がくれた、大切な三か月間だったと思う」


 俺は何も言わず、南の話を聞いていた。

 いや、何も言うことができなかった。


 そんな俺を見て南は微笑んで、話を続けた。 


「……それに、遼太郎に『好き』って言ってもらったし。


 ありがとう。

 本当に、嬉しかったよ。


 遼太郎は気付いてなかったかもしれないけど。

『一緒に帰ろう』って言われた頃から私、遼太郎のこと、好きだったよ。


 先に言われちゃったけど。


 私の方が、先に好きになっちゃったんじゃないかな。

 だから、一緒に帰ってる時、ずっと好きだったんだよ。

 知らなかった?


 あはは。


 でも、私も言えて、良かった。

 

 ……本当はね。

 本当は、遼太郎と付き合って、いっぱい話して、色んな所に行ってみたかったよ。


 夏はみんなで海とか行ってさ、花火とかしちゃって、写真いっぱい撮って。

 どうせなら、泊まりで行くのも良いかもね。

 あ、みんなで行くんだから、変な意味じゃないよ。

 海の近くの民宿とかで、朝まで話したりしてさ。

 楽しそうでしょ。

 

 秋は、なんだろうな。

 映画とか、動物園とか。

 遼太郎、絶対普段行かないでしょ?

 あはは、そんなの分かるよ。

 だから、一緒に行くんだよ。


 冬になったら、やっぱりクリスマスだよね。

 雪が降ったら最高。

 二人で遠出して、イルミネーションとか見に行って、プレゼントも交換してさ。

 遼太郎は日置君とかに相談するのかな?


 ふふ、一人じゃ決められなさそうだもんね。

 悩んで悩んで買ってくれたプレゼントを、私、ずっと大事にして――」


 いつの間にか、南の笑顔は泣き顔に変わっていた。

 俺ももう、堪えきれなかった。

 情けないくらい、涙が流れた。

 何年振りのことか、分からない。

 随分長いこと泣いていなかったせいか、涙の止め方を忘れてしまったようだ。


「――南」


 俺はどうしようもなく悲しくなりながら、南を抱きしめた。

 南はされるがままに、俺に寄り添って泣いた。

 しばらくしてから、南は言った。

 

「今まで、ありがとうね」

「……」

「遼太郎は、大丈夫。私が好きになった人なんだから、保証するよ」

「……」

「私がいなくなっても、きっと、可愛い彼女ができるよ」

「……」

「……でもね。それまで、私のこと、覚えていてくれると、嬉しいかな……」

「……!!」


 俺は涙で何も言えなかった。


 保証なんかいらない!

 南より可愛い彼女なんていない!

 何より、忘れられる訳なんて……!!


 どれもこれも言葉にはならず、俺は辛うじて「嫌だ」とだけ呟いた。


「そんなこと……言うな」

「……」

「これでお別れみたいなこと、言うな……」


 俺はそれしか言うことができず、黙り込んだ。

 南も、俺の言葉には応えず、俺の胸に顔を埋めた。


 そして、二人の時間は唐突に終わりを告げる。

 静かな公園に、スマホの着信音が響き渡ったのだ。

 南はポケットから取り出したスマホを見て、小さな声で言った。


「……お父さんからだ」  

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