第44話 六月三週(⑤)

「え? なんでいるの?」


 俺は家の外に出て、日置を出迎える。 


「来ちゃった」

「一人暮らしの彼氏の部屋に来た彼女みたいな言い方するな」

「もう、終バスもないの」

「終バスって斬新だな、意味は分かるけど」

「泊めて」

「いやいやいやいや」

 

 そんなやり取りがあった後、「家に入れてくれないなら、俺はここから動かないぞ」と言うので、結局日置を俺の部屋に上げた。

 俺が招いた訳ではないが、自室に家族以外の誰かを入れるのは、高校に入ってから初めてのことだ。


「なんで俺の家が分かったんだ?」

「表札」

「そうじゃなくて……」

「まぁ、どうでもいいだろ」


 日置は語らなかったが、さっきの電話の時だと推察した。

 関係ない話ばかりすると思っていたが、今思えば俺の住んでる地名まで詳しく聞いていた。

 多分電話を切ったタイミングで電車に乗って、スマホで調べてからここまで来たのだろう。


 俺はそんな日置の行動に、言葉には出さなかったが少し感動していた。


「で、何、振られたんだって?」

「……」


 ベッドに腰掛けながら日置が嬉しそうに言ったので、感動は消えた。

 やっぱり家から追い出そうかな……。


 俺が返事をする前に、日置は急に真面目な顔をして言った。


「今日、せいらちゃん学校来なかったぜ」

「え?」

「お前とせいらちゃんがいなかったから、茂田が聞いてきた」


 茂田は登校していたのか。

 やはり凄いメンタルだな、それともそれが普通なのか。


「茂田はなんて?」

「いや、『何か知ってるか?』って」

「俺は知らなかったから、『知らない』って答えたけど」

「なんか、すまんな」


 先に茂田のことを聞いてしまったが、問題は南だ。


「南は?」

「分からん。松本達も『知らない』って言ってた」

「……もしかして、昨日のことが原因で?」

「あるかもな。お前とせいらちゃんが同時に休んだことに、何か勘繰るやつはいるかもしれない」

「……そうか」


 傍から見れば、俺と南は仲良くなってきてたみたいだからな。 

 まぁ、俺自身もそう思っていたんだが。

 考えがまとまらず、何を言うべきか分からないままでいると、日置が話し始めた。

 

「……俺はまだ短い付き合いしかないが、せいらちゃんは優しい子だと思うよ。人に気遣いもできるし、何かあった時に心を痛める良心も持ってる。更に言えば常識もある」

「……」

「そんな子が、告白断った後、相手のことを考えない、ってのもないだろ。多分相当キツかったんだろうな」

「……」

「分かんないけど。そう考えると、『別の男の告白を断っておきながら、同じ日に告白されてもさすがに受け入れられない』とかあったんじゃないか?」

「なるほど……」

「単純に『好きじゃない』ってのもあるかもしれないな。真面目な子なら」

「……」


 日置はそんなことを言いつつ、スマホで何事か検索し始めた。

 そして画面を俺に見せる。

 そこには、『振られた後 行動』の文言で検索した結果の一覧が表示されていた。


「え、なにこれ?」と俺は聞いた。


「これからお前がやるべきことだろ」


 そう言いながら、日置は一番上に出てきた検索結果のページを開いて読み上げる。


「『一回離れてからもう一回告白すると、成功確率がグッとアップ!』」

「……茂田じゃねぇか」

「……茂田だな」

「なんでだよ、なんで上手くいくんだ?」

「『告白されたという事実で、相手を意識! 気付いたら告白してきた相手を好きになってた、なんてことも!?』」

「マジかよ」


 やはり、茂田はモテる男なのか。

 相対的に見て、俺は……。

 いや、今はそんなことを考えるのはよそう。

 日置は続けて調べている。


「絶対にやってはいけない行動……『振られても元気な振りをする! 後から取り繕う! すぐに諦める!』……」

「……」

「……」

「げ、元気ではなかったぞ、全然。あ、いや、南の前では元気な振りしたかも……」

「最後、せいらちゃんになんて言ったんだっけ?」

「い、今までありがとう、かな?」

「……」

「……」


 俺は叫び出したくなったが、なんとか堪えた。

 いたたまれない。


「……せいらちゃんには連絡したのか?」

「……いや」


 日置は目を物凄く細めて言った。


「……三冠王山岸か」

「なんだよそれ」

「振られた後やってはいけない三行動をすべて達成したってことだ」

「……」

「これから『やまぎしい』って言うわ。遼太郎、マジ、やまぎしいわ」 

「……俺の名字を形容詞にするな」

「全国の山岸さんに謝れ」

「お前がな」


 俺は恥ずかしい気持ちでいっぱいだったが、一方で、日置と馬鹿話をできるくらいには回復していたようだ。

 気付けば、俺は『もう無理だ』というところから『何とかしなくては』という思いに変化していた。

 我ながら、単純な男だ。


「……諦めたのか?」

「……いや」


 俺は、自分でも意外なほど力強い声が出た。

 その言葉に、俺自身が驚く。

 あんな思いまでしておいて、まだ俺は諦めていなかったようだ。


 その言葉を聞いて、日置が言った。

 

「……お前、今からシャワー浴びて来いよ」

「なんでだよ。お前、彼氏かよ」

「その感じじゃ、一日風呂も入ってないだろうからな」

「別に良いだろ」

「いや、良くない」


 日置はニヤけながら、しかし目だけは真剣な表情で言った。


「お前は、今からせいらちゃんのところに行ってくるんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る