第42話 六月三週(③)

 言い切った。


 何が何だか良く分からなかったが、俺はやり切った。

 南の次の言葉を早く聞きたい。

 しかし、聞くのが怖い。

 

 解放感と緊張感が同居した、何とも言えない気持ちになった。

 心臓が口から飛び出そうではあったが、悪い気分ではない。

 

「……ありがとう」


 南からの言葉に、俺の時間は一瞬止まり、溢れる喜びとともに動き出した。

『言えたじゃねぇか』『頑張った』『やっとだよ』『よう言うた』

 どこからか、そんな声が聞こえた気がした。


 いや、多分気のせいだ。


「……うぉー!」


 俺はもう夜だと言うのに、雄叫びを上げた。

 その場でじっとしていられないような、そんな気持ちになった。

 そして心の中で茂田に勝利宣言をした。


「ちょ、ちょっと。声大きいよ」


 そう南が俺をたしなめるが、俺は落ち着くことができなかった。


「いや……だって……もう」


 そんな俺の様子を見て、南は笑いながら言った。


「あはは……。うん、私も嬉しいよ」

「……」

「ありがとう」


 南はもう一度『ありがとう』と言ったが、俺の方が『ありがとう』と言いたい気分だ。


 過疎化した商店街の景色が、イルミネーションに彩られた街並みよりも素晴らしく見えてしまう。


 少し泣きそうになっていると、南が喋り始めた。


「あのさ」

「うん?」

「今更だけど、中学の時のこと」

「ああ……」

「ゴメン、ね」

「……」


 南の言葉に少しだけ昔を思い出す。

 謝られる心当たりも、謝る心当たりも、沢山ありすぎる。


「多分一番最初……。遼太郎と私がずっと同じクラスだからって、からかわれた時」

「ああ……」


 俺はその場に居合わせていた。

 ヤンキー女子が『運命の人』とか抜かして、南と俺の関係を揶揄したのだ。

 俺はヤンキー女子の言葉と、南の言葉にキレた。

 

「その時は、どうしても遼太郎との関係を、『違う』って言うしかできなくて……」 

「ああ、まぁそりゃそうだよな。分かるよ」


 今なら分かる。

 あんなことを言われても、否定するしかできない。

 当然の話だが、当時の俺は頭に血が上り、冷静に考えることはなかった。


「どこかで謝ろう、いつか謝ろうって思ってたのに。きっかけがないどころか、別の嫌がらせみたいなのが始まって」

「ああ、あれか……」


 色々あったが、極めつけは南の体操着が盗まれたことだ。

 しかも、それが俺の鞄の中に入っていた。

 当然犯人は俺ではない。

 そして、都合良く見つけたクラスメートが、騒ぎ立てた。


 俺が言い訳を始める前に、南の友人達に囲まれ、罵声を浴びせられた。

 そして、南からも『最低……。変態』と言われたので、俺は南に体操着を投げつけて、『誰がてめぇの汚ぇ服なんか盗むか!』と言った。

 その後、南達に泣きながら罵られたが、冤罪だった俺は怒りのままに言い返した。


 それでも、冤罪以外のことで俺は散々言われ、意外と傷付いてしまっていたようだ。

 そして俺も、言ってはいけない言葉を言い過ぎた。

 

 そこから考え方が変わり、極力他人の悪口は言わないようになった。


「あの、これも今更だけど、遼太郎が冤罪だって、知ってるから」  

「そりゃ、な」


 俺は苦笑いして応える。


「俺も色々言って悪かった。今更だけど。ゴメン」


 俺が謝ると、南は「ううん」と言ってから続けた。


「私がもっと早く謝ってれば良かったの。一度、遼太郎の友達と話したんだ」

「え?」 

「遼太郎が冤罪だって言ってて。あと、遼太郎があの後、私の悪口を一度も言ってないって。だから、あの時言い過ぎたことは、遼太郎なりに反省してるって」


 俺は中学時代の、数少ない友人の顔を思い出す。

 そうか、あいつ、そんなことしてたのか……。

 もう二か月以上会ってないな。


「それを聞いて、もう一度遼太郎と話さなきゃって思って」

「そっか……」

「うん。そしたら、私の周りがわざわざ遼太郎を悪者にして、私を被害者にしてるって分かって」


 南が暗い表情になる。

 南の友人達は、いつも南の近くにいた。

 遅く登校してすぐ下校する俺に接触するには、周りの目が厳しすぎただろう。

 南が俺に『謝る』って言ったら絶対止めそうな連中だった。


「それで何か嫌になっちゃって、私の友達も、誰も進学しなそうな今の高校を志望したんだ」

「マジか……。俺と、同じなんだな」

「遼太郎も?」

「うん。……一番会いたくなかったのは南だけど」

「何それ」

「いや、だって、誤解解けてるとか思わないし……。南は俺のところ嫌いだろうから、俺も仲良くできないだろうな~、って」

「へぇ~……」

「もう、最初の自己紹介の時とか、パエリヤ好きって言ったじゃん? 『米食えよ』ってツッコんじゃってたもん」

「パエリヤはお米だよ……」

「あ! あと、いつかの帰り道で、俺と日置見て走って逃げたじゃん! あれ!」

「あれは……!!」

「…………」

「……」


――


 俺達は随分と長い間、話し込んでいたようだ。

 熱くなった身体は少し汗ばんでいたが、夜の風がそれを少しずつ冷ましていった。


 触れることのなかった二人の傷も、お互いに晒し合うことで癒えていった。

 南は高校に入ってから、俺との距離を縮めるきっかけを探していたのだ。

 そして、いつか自然な流れで昔のことを謝りたい、とも思っていたらしい。


 結果として、距離が早く縮まってしまい、謝るタイミングを逃した。

 そして、敢えて中学の頃のことを思い出すこともなくなっていた、との話だった。


 先程俺が、「昔色々あったけど」という言葉を出したため、この話の流れになったようだ。

 

 語り尽くし、また沈黙の時間が訪れる。

 だが、それは心地良い時間だった。


 そして俺は、もう一度肝心な話をすることにする。


「……それで、南」

「うん」 

「さっきの話のことなんだけど」

「……」

「俺と付き合って、くれるか……?」


 告白の最後の言葉を紡ぐ。

 

 俺は、成功を確信して南からの返事を待った。 


 失敗を疑わず、余裕すらあった。


 だから、その言葉が聞こえた時、俺はしばらくの間理解が追い付かなかった。


「……ゴメンなさい。私、遼太郎とは、付き合えない」

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