第41話 六月三週(②)

 帰り道で南と一緒になった俺は、いつも通り雑談をしようとするが、会話が上手く続かない。

 その状況で更に緊張してしまい、なんだかぎこちなくなる。

 

 南も何か違和感を感じたのかもしれない。

 会話が途切れて少し沈黙した後、俺にこう尋ねた。


「……遼太郎、何かあった?」


 俺はその言葉を聞いて、条件反射的に「いや」と答えた。

 口に出してから、南への想いに気付いたことや、茂田の告白の件が頭に浮かんだが、俺は取り繕った。


「……別に変わったことはないかな」


 大いにあるのだが、訂正すると言いにくいことを言わなければならない。

 今はそのタイミングではない気がしている。


「……やっぱり、私か」

「ん?」


 南が何か呟いた気がしたが、しっかりと聞こえなかった。

 このまま会話が終わってしまう気がして、俺は話題に乗っかった。


「南は、南の方は何かあったのか?」

「え?」


 自分から俺に振った話題にも関わらず、南は分かりやすく動揺した。

 その姿を見て、俺は南にも何かあったのだと思った。

 俺はその内容に見当もつかなかったが、そのまま続けた。


「話しづらかったら良いけど……」

「……」

「まぁ、帰り道も長いし、話したくなったら聞くよ」


 俺がそう言うと、また少し沈黙の時間が続く。

 そのまま話題を変えてしまえば良かったのかもしれないが、この時間こそが『南に何かあった』ことを語っていた。

 やがて、沈黙に耐えかねたのか、南が口を開く。


「えっとね……。あんまり人に言うことでもないし、話しやすい話題でもないんだけど……」

「うん」


 前置きの後、決心した様子で南は話し始めた。


「今日ね、茂田君に告白されたの……」

「!?」


 なんと、俺のトイレでの熱弁は逆効果だったようだ。

 用足しの邪魔をしてしまったのがいけなかったのだろうか……。

 茂田の野郎……。


 俺は脳内で茂田をボコボコにした。


「……」

「……」


 南から、次の言葉が出てこない。

 俺も、しばらくは何も言えなかったが、何とか口を開いた。


「それで……。南はどうしたんだ?」

「……『今は考えられない』って返事した」

「なるほどな……。それで、茂田は諦めた?」

「『分かった、これから考えておいて』って言われた」

「……」

「それで最後に、『俺は諦めないから』って……」 


 マジか、という気持ちでいっぱいになった。

 物凄いメンタルの強さだ。

 九割九分、断られてるだろ……。


 本当に何を言うべきか分からず、俺は「す、凄いな、茂田は」と言った。


「え?」

「いや、普通、最初に『考えられない』って返事されたら、もう終わりだと思うでしょ」

「……」

「そこから『諦めない』なんて、中々言えないよな……」

「……」

「そういうところが、モテるのかもな。はは……」


 茂田のことは非常に腹立たしいのに、何故か茂田を持ち上げるようなことを言っていた。

『鬱陶しいよな~』とでも言えば良かったかもしれないが、それも何か違う気がした。


「……そう」

「……」

「……遼太郎は、そう思ったんだね」

「え?」

「もういいよ……」


 そう言うと、南は俺から目を背けた。


 ――あ、これは物凄くマズイやつだ。


 経験したことはないが、感覚で解かる。

 

 ――いや。


 一か月前も同じようなことがあった。気がする。


 南との帰り道で……。

 

 その時は、たしか……こうだ!


 パァン!!


 俺は大きく柏手を打った。


「いやっ! 違うっ! 俺は嫌だ!!」


 南は驚いて俺を見るが、しかし何も言わない。

 何も言えない、の間違いかもしれないが。


「茂田のことなんて、考えるまでもない! 答えはノーだ、ノー!」

「なんで?」


 思ったよりも南は冷静に聞いてきた。


「あと、普通に話して?」

「……ハイ」

 

 ゴホン、と俺はわざとらしく咳ばらいをして、話し始めた。

 口調は落ち着いたが、内から溢れ出す気持ちは抑えられそうもない。

 柏手は俺に対して、大きな効果があるようだ。


「え~っと、別に茂田のことはどうでもいいんだけど。南が、誰かと付き合うのは……嫌だ。まだまだ、一緒に帰りたいし、勉強とかもしたい。これからは遊びにだって行きたい」


 話し出すと止まらない。

 言おうとは思ってはいなかったこと。

 だけど、考えていたことが言葉になって湧いて出てくる。


「俺以外のやつが南とそんな風に過ごすのは……。駄目だ。隣にいるのは俺じゃなきゃ、駄目だ」

「……」

「確かに昔、色々あったけど。そんなのも全部ひっくるめてだ。今は、南といると楽しい。これからも南と一緒にいたい。だから俺は、俺以外の誰かと南が付き合うのは嫌なんだ」


 ああ、もう、全く予想もしていなかった。

 もしかしたら茂田の野郎も、こんな気持ちだったのかもしれない。

 雰囲気もへったくれもない。 


 だが、言わずにはおれない。

 必要なのは、勇気か、それ以上に勢いか。

 この一週間で、何回も口にしてしまった言葉。

 

 日置よりも、ましてや茂田よりも先に伝えるべきだった相手だ。

 この後の言葉は一つしか浮かばなかったので、俺はそれを口に出した。


「俺、南のことが好きだ」 

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