第40話 六月三週(①)

 南への想いを口にした後、俺は饒舌になって、自分の気持ちを確かめながら語り続けた。

 日置はほとんど聞き役に徹して、俺の話を聞いていた。 

 ついつい熱が入り、話し過ぎたかもしれない。

 気付くと電車の時間が迫ってきたので、俺達はバス停まで向かい、日置とはそこで別れた。


 駅のホームに着くと、そこには南が待っていた。


「おっす……」

「うん……」

 

 軽く挨拶をして、南の隣に立つ。

 先程まで南の話をしていたせいか、南の顔が見れない。

 それは電車に乗って、俺達の地元に戻ってからも変わらなかった。


「……」

「……」


 雰囲気が悪い、という訳ではないが、少し話すと会話が途切れる。

 いつもよりも会話が弾まないが、それは俺が、自分の気持ちに気付いたせいだと思った。


 ――なに、問題はない。

 南と一緒に帰り始めた当初は、こんな感じだった。

 今はまた、いつもより緊張しているだけだ。


 俺はそんな風に思っていた。

 

 南の異変には、気付けなかった。


――


 その日の夜、気分が高揚して寝付けなかった俺は、日置にメッセージを送った。

 南にどう接するべきか、これからのことを相談をするためだ。

 日置は公園での相談でお腹いっぱいになっていたようで、『もう告れば』と投げやりな返事が返ってきた。


 俺は『告白』と聞いて、茂田のことを思い出した。

 事の発端は、あいつだ。

 このまま放っておくと、茂田は南に告白してしまう可能性が高い。

 それどころか、日置の言っていた通り俺の話を吹き込むかもしれない。


 自意識過剰かもしれないが……。いや卑屈になるのはやめよう。

 今は、俺が南との距離が一番近いはずだ。

 俺と南の関係が壊れてしまうのは避けたい。

 

 俺は、もう一度茂田と話すことに決めた。


――


 翌日登校し、茂田の方をチラチラ見ながら機会を窺う。

 おあつらえ向きに、茂田がトイレに向かうタイミングがあった。

 俺もそれに合わせて、少し後にトイレに入る。


 中には、俺と茂田しかいない。

 

「茂田」

「ああ?」


 茂田は首だけ動かして、俺の方を見た。


「山岸か……」


 あからさまに眉をしかめる。


「何の用だ」

「お前に話がある」

「俺はねぇよ」

「昨日のことだ」

「……」


 そう言っても、茂田は動こうとしない。

 俺は一歩近づいて続けた。


「大事な話だ」

「……」

「返事しないなら、このまま話すぞ」

「……おい」

「なんだ」

「分かったから、離れろ。出ねぇ……」


 俺は茂田に話をしに来たが、茂田は用を足しに来ていた。

 そして、茂田は構えを取っていた。

 俺は、そんな茂田の直後にトイレに入った。


 つまりは、そういうことだ。


――


 茂田は用を足し終えたようだ。

 あらためて、俺と茂田は向き合った。


「で、なんだよ?」


 不機嫌そうに茂田は言う。

 俺が話しかけたからか、用足しを邪魔されたからか、あるいはその両方か。

 これからもう一つ、邪魔をしてしまうことになるかもしれないが……。


「お前、南に告白するって言ったよな」

「……ああ」

「嫌だ」

「は?」

「駄目とは言わないが……。嫌だ」

「いや、ホントに何言ってんだお前」


 茂田にどう話すのが正解か分からなかったため、自分の気持ちを正直に伝えてみた。

 南に変な情報が伝わるよりはマシだ。

 嘘をつかなければ、何を言われても胸を張れる。


「お前は、去り際に『いいんだな?』って言っただろ。返事する前にどっか行っちまったから言えなかったが」

「……」

「嫌だ。良くない。南に告白してほしくない」

「意味分かんねーし。なんでお前の言うこと聞かなきゃならねーんだ」

「だから、駄目とは言ってないだろ。嫌だ、って言ったんだ」

「……」

「『するな』って言ってるわけじゃない、『してほしくない』と言ってるんだ」

「同じじゃねーか」

「違う。俺は別に南と付き合ってないけど……。俺も南のことが好きだ」

「……!」


 俺からの告白が意外だったのか、茂田は驚いた顔で俺を見る。

 俺もこんな所で、まさか茂田に、自分の気持ちを伝えることになるとは思わなかった。

 そのまま俺と茂田は固まっていたが、チャイムが俺達を現実に引き戻す。


「……」


 何も言わず、茂田はトイレから出て行った。

 俺はその少し後で、教室に戻った。


 茂田にとっては、なんの意味も成さない話だったかもしれない。

 だが、少なくとも俺にとっては自分の考えを茂田に伝えることができた。

 

 これから茂田がどう動くかは分からないが、少なくとも俺にやましいことはなくなったはずだ。


 俺はそう考え、すっきりとした気分で一日を過ごした。


 その日、茂田が南に告白した。

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