第37話 六月二週(⑥)
南親子と別れ、自宅の風呂に入りながら俺は物思いにふける。
南の母親との接触は、中々強烈な体験だった。
向こうの反応から考えて、俺の印象はそれほど悪くはなかったように思う。
それにしても、日置と同じことを聞かれるとは想像もしていなかった。
『付き合ってるの?』、か……。
答えは勿論、『違う』だ。
違うのだが、質問されるからには、周りからはそう見えているのかもしれない。
正直なことを言うと、悪い気はしない。
ただ、それは俺自身の話であって、南がどう思っているかは分からない。
勿論、もう嫌われているなんてことはないはずだ。
一緒に帰って、一緒に勉強して、一緒に追試合格のお祝いをして、親にも会って……。
ここ一か月間、一緒に過ごす時間は多くあった。
そして夜になると、南のことが浮かんでくることがある。
そんな時は、とても楽しいのに、どこか苦しい。
俺はその状況を、誰にも話さずに過ごしてきた。
結果として、日置には勘繰られたのだろう。
南の母親も、娘が男子と毎日一緒に帰っていると知れば、当然交際という考えに至ってもおかしくはない。
特に南は真面目な子で、中学の時から『男子と交際した』なんて話は聞いたことがなかった。
そう考えると、俺も勘違いしないように気を付けなければならない。
いや、でも……。
俺は湯船の中で考え事を続け、危うくのぼせてしまうところだった。
――
追試が終わると、日常が戻ってきた。
と言っても、放課後勉強をする代わりに、日置や住田と公園に行くくらいだ。
再来週には三者面談、その翌週には期末試験があるため、朝はしっかりと授業に出ることにした。
追試が終わった後とは言え、この三週間は油断できない。
俺なりに模範的な学生生活を送るのだ。
「あれ、茂田じゃね?」
放課後、日置といつもの公園に行くと、そこには先客がいた。
どちらかと言えば他校の生徒の割合が多いが、我が校の生徒もたまに訪れる。
ここ二週間程度はこの公園に来ていなかったため、知らない間に顔触れも変化したようだ。
「あ……。そうだな」
日置に言われた方を見てみると、茂田ともう一人、スクールカーストの高そうな男が立っていた。
その男に見覚えはないが、日置は「他のクラスのやつだな」と言っていた。
「お前も学校内のことにもっと目を向けろよ」
「失礼だな。クラスの男子ならさすがに全員分かるぞ」
「女子は?」
「……半分くらいは」
「お前の方がよっぽど失礼だよ」
そんな話をしながら、公園の中に入っていく。
俺達の通り道に彼らはいたため、そのまま近付いていくと、向こうも気が付いたようだ。
「お、日置と……。山岸か」
「誰?」
「ああ、クラスのやつら」
茂田が俺達について連れの男と話し始めたので、日置は「おっす」と、俺は無言で頭を下げて挨拶した。
「お前達、良く来るの?」と茂田が言うと、「久々に来た」と日置が答える。
「最近追試の勉強してたから」
その言葉に、茂田の連れの男が反応した。
「え、俺も追試だったんだけど。難しくね?」
「数学ヤバかったよね」
「ヤバい! 俺も超ギリギリだった!」
「あれ、理解できるやつの方が頭おかしいわ」
「な! もう全部選択問題にしとけって感じだよな」
なんと、日置はその男といきなり盛り上がっていた。
初対面ですぐに仲良くなれるのは、本当に凄いと思う。
そして、二人が追試について語り始めたことにより、俺と茂田の構図となる。
先日、南と茂田の会話を邪魔したことにより、俺と茂田との間には不穏な空気が漂っている。
表立って何かをされたり、言われることもないが、あれから俺に対する茂田の当たりが強い。
「……」
「……」
茂田は黙ってこっちを見ている。
俺も特に話すことはないので、そのまま茂田を見ている。
見つめ合う二人。
「チッ」
沈黙を破ったのは茂田の方だった。
舌打ちし、それから話し始める。
「お前さ、マジで何なんだよ?」
「え?」
「最近、せいらや千恵と随分仲良いじゃねーか」
「そうか?」
「気に入らねぇ」
「あ、うん。なんかゴメン」
「ゴメンじゃねーんだよ」
そう言うと、茂田が威圧するかのように俺に近付いてくる。
穏便に終わらせようとしていた俺も、さすがに少しカチンときた。
「……お前、狙ってんのか?」
「狙ってる?」
「せいらか、千恵を」
「いや……」
「じゃあ近付くなよ」
一方的な言い分を押し付けようとした茂田だったが、俺はそこで茂田を正面から見据える。
抵抗されるとは思っていなかったのだろうか。
俺と目が合った茂田は、少しだけたじろいだ様子を見せた。
「何でお前にそんなことを言われなくちゃいけないんだ?」
そのまま俺は、思っていることを茂田にぶつけた。
茂田は少しだけ答えに詰まったが、それでも俺を真っすぐに見て言った。
「……狙ってるから。俺が、狙ってるからだよ!」
思ったより正直な回答がきた。
今度は俺が返事に詰まった。
「……マジか。……ちなみに誰を?」
答えはほぼ分かっていたが、俺は何を言って良いか分からず、その質問を口にした。
「せいら」
思っていた通りの言葉が返ってくる。
茂田はそう答えた後、堰を切ったように話し始めた。
「俺は本気だ。だから、他の男がせいらの近くにいるだけでイライラする」
「……」
「別にお前のことなんて最初は気にしてなかった。でも、この前の放課後に邪魔されてから、妙にお前とせいらの関係が気になった」
ここで茂田は一呼吸置いた。
「で、その後からだよ。お前とせいらが教室で話すようになった。せいらは男とあまり話さないが、お前にだけはせいらから話しかけている」
「……そうか?」
「そうだ」
茂田は力強く断言した。
「だから余計にイライラするんだよ。お前と話してるってことは、俺とは話してないってことなんだよ」
「それは……しょうがないんじゃないか」
勝手な理由だと思う。
嫉妬と言うか、逆恨みと言うか。
「もう一度言うが、お前、せいらの何なんだよ」
「何だって言われても……」
「……付き合っているのか?」
また同じ質問がきた。
別の人間から、これで三度目だ。
昨日ずっと考えていたが、事実は事実でしか語れない。
「……付き合っては、いない」
「……じゃあ、いいんだな」
「え?」
「俺、せいらに告白するから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます