第33話 六月二週(②)
教室で少し雑談した後、お礼の意味も込めて、南と松本を夕食に誘った。
二人が快諾したので、そのまま四人で学校を後にする。
「どこに行くの?」
「ファミレスとか?」
「どうするかな」
あてどなく歩いていたが、俺は一つ心当たりを思い付いた。
ちょうど近い所にあるので、都合が良い。
「あ……。いいところあるかも」
「え、どこ?」
「こっちの方。結構近くだよ」
俺は三人の前に立ち、そのままとある店の前にまで案内する。
「お、いいじゃん」
「えっと……『らーめん花矢』?」
「そう。ここ、住田が働いてるんだ」
「住田君が? そっか、二人と仲良いもんね」
「何かサービスしてもらえるかもな」
ワイワイと騒がしく、四人でラーメン屋に入店する俺達。
入口から近い位置に店員が待ち構えていたが、それは制服に身を包んだ住田だった。
「いらっしゃいま……せ」
住田が挨拶をしかけたところで、一瞬固まった。
露骨に『ま』で止まっていたが、何とか持ち直して『せ』まで言った。
「四名ですが、席空いていますか」
「空いてません、帰ってください」
営業スマイルで入店拒否をする住田。
「ガラガラじゃねーか」
「店長呼べ、店長」
「輩か」
先に拒否したのは店員なので、俺達は間違っていないはずだが。
「住田君、何かごめんね」と松本が言う。
「いや……。松本さんと南さんが一緒に来るなんて、珍しいね」
「二人の追試の打ち上げみたいな感じで」
「そっか、じゃあ、あちらへどうぞ」
南と松本には紳士的に対応する住田。
そのまま二人は先に席の方に向かい、荷物を置いている。
住田はそれを見届けると、俺達の方を向いた。
「……ダブルデートか」
「いやいやいやいや」
「クソが……」
そう言って住田は自分の太ももを強めに殴った後、水を取りに行った。
痣とかできたりしないのだろうか。
そんな住田の心身を心配しつつも、俺達は席に向かった。
奥側に南と松本が座っており、その向かいに俺と日置が座る形だ。
「何食べようか?」
「普通のラーメンでいいんじゃない?」
水を運んできた住田に、そのまま注文する。
「すみません、普通のラーメン四つください」
「申し訳ございません、当店には『普通のラーメン』という名称のメニューはございません」
住田が好戦的だ。
ここで喧嘩をしても仕方ないので、俺はメニューを指指して言う。
「これのことです」
「申し訳ございません、当店には『これ』という名称のメニューはございません。メニューの文字は読めますでしょうか」
「……」
「住田君、この『花矢しょうゆらーめん』を四つください」
「かしこまりましたぁ~!!」
「…………」
松本の注文に元気良く応答した住田は、そのまま厨房の方に立ち去って行った。
――
「お待たせしました~! こちら、『花矢しょうゆらーめん』でございます! ご注文の方、以上でお揃いでしょうか!?」
「あ、はい」
「ごゆっくりどうぞ~!!」
住田は学校にいる時には想像もできないようなテンションで声を張り上げた。
誰にも目を合わさずに大声を出しているので、狂気を感じる。
お店として、ホールに出さない方が良いのではないだろうか。
「あ……。チャーシューと味玉が乗ってる」
「ホントだ、メニューよりも多く乗ってるね」
南が気付いたように言い、松本もそれに頷く。
「俺には乗ってないけど……」
「俺も」
よくよく確認すると、メニューの写真よりもなるとが一枚多く乗っていた。
しかもちょっと麺が少ない気がする。
高度な嫌がらせだ。
気持ちを落ち着かせつつ、ラーメンを啜る。
「!?」
頭の奥を殴られたような辛さが俺の口の中に突き刺さった。
「ぶほぅ!」
日置は隣でむせていた。
「ふ、二人とも、大丈夫?」
「あ、ああ、驚いただけで……」
これは……。
メニューとして存在しているかは不明だが、激辛ラーメンの類だ。
しかも、女子と一緒にいるというのに、ニンニクが効いてるタイプのやつだ。
住田め、謀ったな……。
「お待たせしましたぁ~!」
「待ってない。と言うか何も注文してない」
厨房に戻ったはずの住田が、人数分の餃子の皿とジュースを持ってきた。
松本と南の前には丁寧に、俺と日置の前には乱暴に皿を置いていく。
「これは……?」
「当店からのサービスでございます!」
「量、多くね?」
「残さずにお召し上がりくださいね~」と言いながら住田は立ち去ったが、結構なボリュームだ。
去り際に「おい! ラーメン! 違うだろ!」と指摘したものの、一切無視された。
「……住田君も、大分面白い人だね」
顔が良くて、頭が良くて、面白い。
なぜだろう、彼を形容するはずの言葉を並べてみても、全く彼のイメージと結び付かない。
そんな住田は、少し離れた場所で俺達を凝視していた。
『誰かあのアルバイトを指導してくれ』と思ったが、出されたラーメンから察するに、厨房もグルだ。
そう思いつつも、俺が住田の立場でも同じようなことをするかもしれない。
彼の気持ちを汲んで、残さずに食べるのがせめてもの誠意か、意地か。
そう思いつつ、もう一口啜ってみる。
「……辛い」
俺は一言呟いて、ジュースを口に含んだ。
少ししか食べていないのに、一瞬で汗を掻いた気がする。
日置は手を付けず、餃子を貪っている。
その様子を見て、南が心配そうに言った。
「……食べられそう?」
「うん、まぁ、どうだろうな……。多分麺少ないから、なんとか」
スープを飲まなければ、食べ終えることはできそうだ。
「美味しいの、それ?」
「う~ん……。好きな人は好きな感じ。まずくはないけど、辛い」
「遼太郎は好きそうじゃないね」
「うん、まぁ。普通の味の方が好きだな」
「それじゃあ、少し食べる?」
「え?」
そう言うと南は、自分のラーメンを少し俺の方に差し出した。
「普通の食べたいでしょ? それに、ちょっと多くて」
何でもないことのように言う南。
実際に何でもないことなのかもしれない。
「あ、ありがとう。じゃあ、遠慮なく」
そう言って、何でもない振りをして受け取った。
「一応、南も一口食べてみる?」
そう言って俺のラーメンも南の方に出す。
少しだけ啜った南は、「本当に辛いね」と言いながら笑っていた。
その間、日置と松本が会話を止めて俺達を見ていたが、特に何も言われないまま食事は続いた。
激辛ラーメンを口にした時より熱くなってきた俺は、引きそうにもない汗を掻くのだった。
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