第32話 六月二週(①)
追試の合格という、情けないながらも切実な目標に向けて、俺達は真剣に勉強をした。
数日間であっても、やるべきことをしっかりやれば、それなりに結果は付いてくる訳で。
「……やったな」
「……ああ」
俺達は、返却された追試結果を確認した後、喜びを分かち合っていた。
二人とも再追試になることはなく、むしろ周りと比較してもかなり余裕を持って合格できていたのだ。
懸念された日置の数学も、終わってみれば俺とそこまで変わらない点数だった。
ここは重要なポイントだが、二教科とも俺の方が点数は高い。
「俺達ってやっぱ……」
「天才?」
そう言いながらも、俺は心の中で『俺の方が点数高いけど』と思った。
日置は日置で、『俺の方が短い勉強時間で効率良く合格点取った』と思っているかもしれないが。
浮かれるような話ではないが、それでも喜びを隠せないまま教室に戻ると、そこには南と松本がいた。
追試は通常の授業以外の時間に行われる。
今はもう夕方の時間帯で、日も暮れかけていた。
二人ともたまたま教室に残っていたのではなく、俺達を心配して待ってくれていたのだろう。
「あ、どうだった?」
「楽勝」
松本の問いかけに日置はそう応えると、手のひらを開いて顔の横まで持ってきた。
松本も同じように手を挙げて、そのままハイタッチした。
え、何?
青春?
日置と松本で「うぇ~い」とか言っている。
いつの間にそこまで仲良くなったのだろうか。
俺の頭には、張り切って個別指導する松本と、死んだ目をした日置の姿が浮かぶ。
俺は思春期の高校生として、日置のコミュニケーション能力の高さに舌を巻いた。
「遼太郎はどうだったの?」
「俺もなんとかなったよ、ありがとう」
さて、ここだ。
このタイミングなら、俺も南とハイタッチとかしても違和感はないはずだ。
中学の時のフォークダンス以降、女子と触れ合った記憶がない俺としては、ここが勝負のしどころだ。
つまり、正念場。
戦国時代風に言うと『俺の桶狭間』というやつだ。
自然な流れで、南と手を合わせる。
お手ての皺と皺を合わせて、幸せ。
へへっ。
だがしかし。
俺の様な硬派な人間(だと俺は自負している。自分で思っているから間違いはないはず)が、ここで軟弱にも『うぇ~い』とか言うのは、違う気がする。
日置にはきっかけを作ってもらったが、二番煎じというのも能がない。
……握手か?
お礼を伝えるのであれば、それくらいガッツリ行っても良いのではないか?
『お前も同じクラスで良かった~』的なことを言いながら、満面の笑みで握手をしているおっさんの姿が俺の頭に浮かんでくる。
ネットか何かで見たそのイメージが、俺を勇気付ける。
――いや、待て、落ち着け。
握手は、重い、か?
良く考えたら、今時の高校生が握手なんてするのか?
俺も高校生だが、世の中のことが分からない。
何ならちょっと手汗を掻いてきてしまっている。
握手した後で、手を拭かれたりしたらショックで立ち直れない。
これは……どうする?
あ、アレだ。
拳と拳を合わせるやつ、アレ。
名称は不明だが、オシャレじゃないだろうか?
良く分からないが若者っぽい。
浮かれた高校生の手遊びとしては相応しいものではないか。
いや、アレの場合も言うべき台詞は『うぇ~い』だ。
どうする……。
「……太郎、遼太郎?」
「……はっ!」
気付けば俺は考え込んでいたようだ。
南のその呼びかけは、ある程度の時間が流れていたことを意味する。
ハイタッチとかするタイミングではないことを、感覚で確信した。
時すでに遅し、だ。
「あ、なんか考え事してた。すまんすまん」
「そ、そうなんだ。なんにせよ、良かったね」
「いや、ありがとう」
最後の抵抗とばかり、拳を顔の横に持ってくる。
強く握りしめすぎて、ちょっと震えている。
ここで南が拳を出せば、『うぇ~い』ってやろう。
しかし、特に南は俺の気持ちに気付くこともなく、ニコニコとした。
俺は何か小さくガッツポーズした人みたいになった。
これは、試合に勝って勝負に負けたというやつだろうか。
終わりを告げた、俺の桶狭間。
俺は織田信長ではなく今川義元だったようだ。
笑ってくれ、『よしもと』だけに、な……。
俺はそんな考えを口に出すことはなく、笑顔で南に頷いたのだった。
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