第34話 六月二週(③)
「キミタチ、まだ帰らないのかい」
俺達は、何とか出された料理を平らげると、そのまま談笑していた。
思ったよりも時間が経っていたのだろう。
ラーメン屋の制服から着替えた住田が俺達の席までやってきて言った。
「店員がそんなこと言っていいのかよ」
「もう退勤してるからな」
「まぁ座れよ」
そのまま住田を座らせて、会話を始める。
テーブル席で男三人が並んで座ると中々狭く、絵的にもむさ苦しい。
「追試、どうだったんだ?」
「ああ、俺も日置も何とかなったぜ」
「マジか。絶対無理だと思ってた」
「いや、ホント、南と松本のおかげだよ」
「それは……。教えるの、相当大変だったでしょ?」
「私は全然」と南が答えた。
「遼太郎、家でもやってきたみたいだったから、教えることがあったのなんて最初だけだよ」
「へぇ~、真面目なとこあるんだな」
「お前に言われたくねーよ」
正直、日置と同じくらい住田も勉強しているイメージがない。
このメンバーで一番真面目そうなのは俺だろう。
多分。
「日置は?」
「大変だった」
松本が即答し、日置が慌てて言う。
「いやいやいやいや」
「なにか異論でも?」
強めに松本に言われ、日置は「いや……」と答えた。
「お前『いや』しか言ってねーじゃねーか」
「いや……」
日置は狙って言っているのだろうか。
それとも、松本の前だと語彙が乏しくなるのか。
「大変だったけど、日置君は集中したら飲み込みが早かったよ」
「ほら!」
「そこは『いや』じゃないのかよ」
「でも、その集中を全然しなかったからね」
「ごめんなさい」
俺達の前で見せることのない姿を披露する日置を横目に、住田は重ねて聞く。
「そう言えば、有坂……さんは、参加しなかったんだ?」
「久美? 久美は部活やってるからね~」
「へぇ~。二人はやってないの?」
「私はやってないけど、千恵はやってるよ?」
「え、マジで?」
それは俺も知らなかった。
放課後毎日来てくれてたから、部活なんてやっていないものだと思っていた。
「うん。私、軽音楽部」
「うそ!? イメージと全然違うじゃん。楽器は何やってるの?」
「ベース」
「あ~」
ベースとは何だろうか。
ギターみたいな形をしているのは分かるが、ギターとの違いが俺には分からない。
「へぇ~、指? ピック?」
以外にも日置はベースのことが多少分かるらしく、何やら会話を広げており、「両方かな」と松本は答えた。
「部活は出なくて良かったの?」
そう聞くと、松本は顔をしかめながら「先輩が何かしでかしたらしくて」と言った。
「今部室も使えないから、何もやってないの」
「楽器も持ってきたことないもんね」
「そう。今年の文化祭は、多分私何もやらないよ。バンドも組めてないし」
「そっか。それでも続けるんだ?」
「高校に入る時、ベース買っちゃったからね。家で弾いてるよ」
「家でアンプ通さずにベース弾いて楽しいの?」と日置が言うと、少し声を大きくして松本がベースの魅力を語り、日置がニヤニヤと受け流す。
その後の話は、やはり俺には良く分からなかったが、日置と松本がそのまま盛り上がっていた。
二人が音楽についての熱い議論を交わしている間、それを横目に俺と南と住田の三人で話す。
「……何か、盛り上がってるね」
「私も、千恵が男子とこんなに話してるの見たことないかも」
「師弟関係?」
「教師と劣等生だな」
「松本、女教師っぽいからな」
「千恵が女教師? ……あ、ちょっと分かるかも……」
「スーツと眼鏡が似合いそうだよね」
「生活指導っぽいかも!」
「あ、確か千恵、中学時代は風紀委員だったらしいよ」
「イメージぴったりじゃん! 委員長だよ、委員長!」
「ちょっと、やめてよ~」
「いや、いいんじゃないか、劣等生と委員長。指導を重ねるうちに二人に絆が……」
「ぶははっ……は?」
気付くと、顔を真っ赤にした松本が黙ってこちらを睨み付けていた。
「だ、誰が、女教師で、生活指導で、委員長なの……!」
「あ、いや、うん」
「ち、違うの……」
――聞かれていた。
割と最初の方から。
日置はと言うと、半笑いのような微妙な表情でこちらを見ていた。
対応は松本に任せつつ、高みの見物のようだ。
しかし、そこで住田が爆弾を投下する。
「じょ、女教師は、日置が言ってた!」
「!?」
まさかの裏切りに動揺を見せる日置。
その様子を見て何かを察した松本が、「日置君……」と低い声で言った。
「あ、やべ、バスの時間かも」
そう言って立ち上がる日置の手を松本が掴む。
「ううん、その前にお説教の時間だね」
「ち、違うんだって。教えてくれることに感謝した意味で」
「あ、そう。『女教師』って言ったこと、認めるんだね……?」
「い、言ってない。冤罪だ」
松本は大きくため息を付くと、「日置君が嘘つかないように、ちゃんと指導しなくちゃね……」と言った。
日置は追試前の勉強の時と同じ、光を失った目をしていた。
その様子を見ながら、やっぱり女教師だよな、と俺は思ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます