第27話 六月一週(④)

 身体のあちらこちらが痛かった気もするが、気持ちの動揺が大きく、何が起きたのか良く分からないまま時間は過ぎた。

 

 日置は自習室に入った後、机に埋もれた俺に向かって「よっ、奇遇だな」と言った。

 ……こいつ、絶対に知ってやがった。

 

 その後、「南さんも勉強?」と胡散臭いくらい爽やかに質問し、南が「う、うん」と答えると、「ちょっと俺も勉強しなきゃやべーんだわ」と抜かした。


 俺と南が二人でいたことや、自習室に漂う微妙な空気については特に触れてくることはなかったが、日置の目は『後で全部話せよ』と語っていた。

 乱れた机を戻し、しばらく無言で勉強する時間が続いた後。


「あ……。ちょっと教室に忘れ物しちゃったみたいだから、取りに行ってくるね」


 そう言った南が自習室から出ていくと、俺と日置はどちらともなく勉強の手を止める。


「……」

「……」


 何も言わず見つめ合う俺と日置。

 さっきもこんなシーンがあった。

 今回はまったくと言って良いほどときめきがない。


『どこで知った?』

『何しに来た?』 

 

 色々と言いたいことはあったが、それよりも先に日置が口を開いた。


「……良かったじゃねーか」

「え?」

「せいらちゃんと勉強してたんだろ?」

 

 予想外の言葉を言われ、理解するまでに少々の時間を要した。

 一瞬正直に話すか迷ったが、ここまできて隠すことではない。

 俺は日置の質問に肯定した。


「……あぁ」

「ちゃんと話せたんだな」

「……」


 日置が言う、『ちゃんと話せた』のかどうかは分からなかったが、以前よりも関係が良くなったのは間違いない。

 迷った末に、俺は曖昧に頷いた。

 それを見た日置は、「だよな」と呟いた。


「見てたら分かるけど、お前何も言わねーし」

「す、すまん」

「まぁ教室でもせいらちゃんとは全然話してないから、何かあるのかな、って」


 日置はどうやら、俺達に気を使っていたらしい。

 と言うか、俺達の微妙な関係にの変化に気付いていたのか。


 意外と鋭いやつだ。


「ち、ちなみに何でそう思ったんだ?」

「え? 前みたいにせいらちゃんプリント放り投げないし。お前もとんでもない顔でせいらちゃんを見ることなくなったじゃん」


 俺はとんでもない顔で南を見ていたのか――。


 今言われるまで本気で自覚がなかった。

 だから日置以外のクラスメートが寄ってこなかったのか?


 質の悪い冗談だと思いたい。そう思うことにしよう。日置は冗談が好きだなぁ。


「まぁいいわ、また詳しく聞かせてもらうわ」


 そう言って日置はニヤリと笑ったが、その顔は以前よりもカッコ良く見えた。


 あ、こいつ多分モテるわ。


「……で、いつから付き合ってるんだ?」

「は?」

「は?」


 全然鋭くなかった、何言ってんだこいつ。


 話も終わる流れだっただろうが。

 

「は? 付き合ってる?」

「は? 付き合ってねーの?」

「え、何、俺と南がか!?」


 意味の分からないことを言われ、声が大きくなる。

 今このタイミングだけは、南が自習室に戻ってこないことを願う。

 そして今は落ち着け、落ち着くんだ、俺。


「いやいや、ないでしょ。逆にどうしてそんな風に思ったんだ?」

「逆にって……。お前自覚ないのかよ」


 呆れた顔で俺を見る日置。

 なんでだよ、俺が日置に呆れるところだろうが。


 日置は少しタメて言った。


「……俺、自習室には普通に入ろうと思ったんだよな」

「……俺達がいるのは知ってたのか?」

「知ってた」


『知ってたんか~い!』と、心の中で突っ込みを入れる。

 机に突っ込んで以降、ちょっと精神が安定しない。


「入る前にちょっと様子を見たら、何やら盛り上がっててな。かと思ったら、見つめ合って二人の世界だ」

「…………」

「そんなとこ普通に入れないだろ。しょうがねーからテンション上げて、ああいう感じで入って来たんだよ」

「……何かすまん」

「気ぃ使え」


 そこにいることを知らない相手に、どう気を使えというのか。

 しかし、これ以上日置に突っ込んで、先程の南とのことを蒸し返されても辛い。

 俺はそこで黙り込んだ。


「そう言えば、せいらちゃん遅いな」

「トイレじゃね?」

「お前……。せいらちゃんの前ではそんなこと言うなよ」

「え、なんかまずかったか?」

「はぁ……。とりあえず電話してどうしたか聞いてみろよ」

「連絡先知らん」

「マジかよ」


 言葉と表情が完全に一致した状態で俺を見る日置。


「分かった。誤解してた。お前等、付き合ってないわ」

「最初からそう言ってるだろ」

「とりあえずお前迎え行ってこい」

「え」

「ここから教室まで真っすぐ行けば、どこかで会うだろ」


 そう言って、強引に日置は俺を自習室から追い出す。


 逆らえそうにない雰囲気を感じたため、俺は素直にその言葉に従って、教室へと向かうのだった。

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