第19話 五月二週(後編・南視点)
放課後になり、私は少し時間を潰してから駅へと向かう。
電車の本数が少ないので、自ずと私達が乗車する時間帯は絞られてくる。
高校生の帰宅には遅めの時間。
もし遼太郎がいなければ、ちょっとだけ申し訳ないが親に迎えを頼むつもりだ。
果たして、私は目的の人物を駅のホームで見つけた。
「遼太郎」
「あ……。南……」
「今、帰り?」
「ああ、うん。そっちも?」
「うん」
雑談と言うほどではないが、普通に会話ができた。
こんな話だけなら緊張することもないが……。
ここで終わりにしてはいけない。
私はなけなしの勇気を振り絞って、「あのさ……途中まで、一緒に帰らない?」と言った。
――
地元駅に到着して、遼太郎と連れ立って歩く。
『もしかしたら遼太郎がトイレに寄るかも』と考えたが、今のところその様子はない。
「この前さ……」
頭の中を整理しながら、私は話し始めた。
「そこの駐輪場で、変な人達に絡まれちゃって」
「うん……」
「何とかその場から逃げ出せたんだけど、自転車は置いてきちゃって。取りに戻るのは怖くて、親を呼んだんだ」
「……そうなんだ」
「『絡まれた』って言っちゃうと心配されちゃうから、『変な人達が駐輪場にいて、怖くて自転車を取りに行けなかった』って話したの」
勿論、傍から見て一番変な人物は紙袋を被った不審者だったが、そこには触れない。
人は外見だけで判断されるものではないと、あらためて思う。
遼太郎も特に何も言わず、頷いている。
「それでも親は心配してて、『しばらく送り迎えしようか?』って」
「良い親御さんじゃないか」
「帰る時間も変わるから、『大丈夫』って答えたんだけど、『せめて今週くらいは誰か知ってる人と一緒に帰ってきなさい』って言われたんだ」
「それで俺か……」
「いや、え~と……。勿論親が言ったことをそのまま聞く必要はないって思ったけど、最初に嘘ついちゃったし、心配してくれてるのにこれ以上嘘つくのも何か嫌で」
「なるほどな」
そもそもで言えば、遅い時間に帰らなければ良い話なのだが……。
明日からは結局親に送迎を頼むことになるかもしれない。
親の話と、友人達の後押しを理由にして、今日だけは遼太郎と帰ると決めたのだ。
もう一度だけでもしっかりと話せれば、私と遼太郎は自然な関係になれる。
そうすれば、中学時代のように、お互いで窮屈な思いをしながら過ごすこともない。
そう思ったのだ。
「……良かったのか?」
その言葉に、私は遼太郎の顔を見た。
「あ、いや……。多分その話だと、親御さんは変な連中から南を守りたい訳で。かと言って、通学路が同じやつなんて俺くらいしかいないよな。 あっ」
「?」
少し会話が噛み合っていないのかもしれない。
私は遼太郎の言った言葉の意味が良く分からず、少し考えていると、そのまま遼太郎は続けた。
「……南、お前彼氏は?」
「いないよ!」
……いきなり何の話!? 何、彼氏って!?
話題が飛躍して、私は大きな声を出してしまう。
そもそも遼太郎は私に彼氏がいると思っていたのだろうか。
もしかして、軽い女だと思われている……?
考えはまとまらないが、私は無性に腹が立ってきた。
「いたら他の男子となんて一緒に帰らないでしょ!」
「そ、そうだな。結構真面目なんだな」
私の考えを伝えると、『結構真面目』ときた。
『結構』『真面目』……。
遼太郎は私を何だと思っているのか。
その言葉を聞いて、額の辺りが痙攣した気がした。
そんな私の様子を見て何かを察したのか、慌てた様子で遼太郎は続けた。
「いや、ほら、彼氏とかいたらさ、一緒に帰って守ってもらうとか、そういうのどうだろうって。だって、男だったら、彼女のために遠回りして帰るくらいするだろ」
「だから、彼氏なんて、い、ま、せ、ん!」
「あ、はい……」
一体私達は何の話をしているのだろうか。
疑問は尽きないが、遼太郎の言葉一つ一つに私は熱くなっていく。
この気持ちは……。
うん、怒りだ。
「まぁ、あれだ、変な連中も、南に絡んだってことは、南がモテる証拠だって思うし、それなら彼氏いてもおかしくないかな、って思っただけで。男ウケって言うのか?」
「……遼太郎、私のこと怒らせたいの?」
ここで『既に怒っている』と言われたら、私は遼太郎を置いて帰っただろう。
努めて冷静に発言する。
すると、遼太郎は言った。
「ち、違うんだ! 俺が言いたかったのは、南が可愛いから! 俺から見ても南はすっげー可愛いから、何か色々そういうアレだってことなんだ!」
「……」
……え?
今、『可愛い』って言った?
遼太郎が、私を『すっげー可愛い』って?
そう思った一瞬後、私の頬はカァーっと火照り、後半の遼太郎の言葉は何も入ってこなかった。
そ、そうか。
遼太郎にとって私って、『可愛い』んだ……。
あ、ヤバい、次に何て言っていいか分からない、言葉が浮かばない……。
ど、どうしよう……。
そんなことを考えていたら、唐突に『パァン』と大きな音がした。
ハッとして遼太郎を見ると、遼太郎が真顔で手を叩いていた。
!?
動揺した私に、遼太郎は畳みかけるように言った。
「さてっ! 話を戻すとっ! 南はッ! 誰かと一緒にッ! 帰らなければならないッッ!!」
「普通に喋って?」
「あ、ハイ」
急に勢いを増した遼太郎に、何とか冷静に返すことができた。
「それで、道が同じなのは俺だから、俺と一緒に帰ろうと、そう考えたってことか?」
「……う~ん、そんな感じ? なのかな。……いや、」
遼太郎としっかり話をしようと思った。
そのために、二人で話せる時間や場所が欲しかった。
周りの言葉を自分に都合良く解釈して、理由付けした。
その結果、一緒に帰ろうと声を掛けた。
私達は、もうお互いを変に意識したりする必要なんてない。
少なくとも私は、遼太郎を嫌ったり、恨んだりなんかしていない。
そのことを伝えたかったし、遼太郎の今の考えも聞きたかった。
私はそんなことを言おうとして、口を開きかけたが、それを遼太郎が遮って言った。
「いいぜ」
「えっ?」
「俺が、しばらく、南を家の近くまで送るから、嫌じゃなければ一緒に帰ろうぜ」
「……」
私の思考は、また停止した。
『しばらく、家の近くまで送る』?
どうしてこうなったのだろうか……。
いや、分かっているのだ。
私の前置きの部分だけを聞いて、遼太郎が早とちりした。
『今週だけは誰かと一緒に帰る』というのを、遼太郎は『自分が今日だけでなくしばらく一緒に帰るべき』と捉えて言った言葉だ。
その場で『誤解だ』と伝えれば良かったのかもしれない。
笑い飛ばして、遼太郎をからかってしまっても良かった。
だけど私は、とてもそんな気にはなれず、気付けば「ありがとう」と言っていた。
そう、予想外の申し出ではあったが、私は嬉しかったのだ。
少しカッコつけた遼太郎のその姿に、私は小学校に転校してきた頃のことを思い出していた。
あの頃の遼太郎は、学校になじめない私に不器用ながらも優しく接してくれていたのだ。
その後の中学時代を経て、すっかりと忘れていたが、ぶっきらぼうなその優しさに当時の遼太郎を思い出した。
「……遼太郎、変わってないね」
「え? どういうことだ?」
つい、考えていたことが言葉になってしまった。
私は照れ臭くなって、「……相変わらず、バカだね」と言って笑った。
遼太郎も何だか照れたように、「うるせぇ」と小さく呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます