第20話 五月三週

 先週から、俺の生活パターンは変化していた。


「おはよう」

「あ、おはよう」


 朝は大きく変わらないが、駅で南と会うと、挨拶して雑談を交わすようになった。

 そのまま同じ車両に乗り込むが、一緒に登校とはならない。


「……いよぅ」

「……おう」


 駅前で俺を待ち構える日置がいるため、一緒に公園に流れたり、授業によってはそのまま登校したりする。

 公園で時間を潰していると住田がやってきて、一時間目の授業から遅刻して出席するか、二時間目の授業まで公園で粘るかを話し合う。


「今日の一時間目ってなんだっけ?」

「英語じゃね?」

「国語だったら終業十分前でも遅刻で付けてくれるけど、英語は開始十分以降は欠席になるぜ」

「じゃあ二時間目から行くか」

「うぃ~」


 なんやかんやで登校すると、今度は昼時に外出する。

 高校の近所に駄菓子屋があり、そこに飲食スペースがあるため、そちらに日置と住田とで向かう。

 俺達だけという訳ではなく、結構な数の生徒がその駄菓子屋を訪れる。

 カップラーメンは勿論、その場で調理される軽食もあるため、昼時はそれなりに賑わっているのだ。

 同級生は勿論、先輩も多くいるので、俺達は端の方に陣取る。


「足りね~」

「お前等食いすぎだろ」

「住田が食わな過ぎなんだよ。弁当残すなよ」

「午後眠くなるだろ」

「寝ればいいじゃん」

「すぐ行く?」

「あぁ~どうすっか」


 俺は家から持参した弁当に加え、駄菓子屋で購入したカップラーメンを食べると、午後の授業をどうするか相談する。

 ここで無断早退してしまうと家に連絡がいってしまうため、遅刻するかちゃんと出席するかの二択だ。


 そして放課後になると、朝とは違う公園に向かうか、懐に余裕があればカラオケやゲームセンターに向かう。

 そして俺の電車の時間、日置のバスの時間に間に合うように切り上げる。


 ちなみに住田は高校の近所に住んでおり、放課後はバイトに行くこともあるため、日置と二人で過ごす時間が結構ある。


「マジ、燕返しして~」

「イカサマじゃねーか」

「いいから誰かの家で打とうぜ、牌は用意するから」


 最近の日置は麻雀を覚えたらしく、今度住田ともう一人を誘ってどこかで打ちたい、と話していた。

 俺はそんな彼の人生に敷かれたレールの行き先が薄っすらと見えた気がしたが、『俺は同じレールには乗らない』と心に誓うのであった。


 日置とも別れて駅に向かうと、南と合流する。

 電車内では静かにしているが、地元駅に着いてからは周りに聞く人もいないため、色々な話をしながら帰る。


「遼太郎って放課後何やってるの?」

「公園で遊んでる」

「そ、そう。童心を忘れてないんだね」

「南は?」

「私は……」


 以前よりも緊張は解れた気がするが、まだ本調子とまではいかない。


 中学二年生以降、まともに女子と会話していない俺のコミュニケーションスキルなんてものはたかが知れている。

 基本的には南の話の聞き役に回りつつ、沈黙しそうなタイミングであらかじめ考えていた話題を振る、といった感じだ。


 そして帰宅すると、何故か無性にテンションが上がっている。


 何かから解放された気持ちと、南との会話が頭の中でグルグルと回り、何事か叫び出したい気持ちになるのだ。


 それは決して悪い気分ではない。

 

 その激しい気持ちは、真夜中までSNSを通じて日置と住田に発信される。

 南のことは一切記載せず、日々思うことを書き連ねて反応を待つ。


『長文の人気持ち悪いです』

『寝ろ』


 どうやら俺は文章で伝えようとすると多弁になるようだ。


 二人のリアクションに満足すると、充実した気持ちのまま眠りに落ちて、朝を迎える。

 俺は満ち足りていた。


 そして、学生の本分とも言うべき学業を放棄したまま、俺は一学期の中間試験を迎えることになるのであった。

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