第18話 五月二週(前編・南視点)
ゴールデンウィークが明けて、最初の登校日の午前七時半。
駅に向かうと、「おはようございま~す!」と繰り返すおじさんが立っていた。
この時間はそれなりに人通りもあり、道行く人に向かって挨拶運動をしているようだ。
私はこれからやるべきことを思い、そのおじさんに自分を重ね、一礼して応えた。
私は駅で電車を待っている、遼太郎を見つけた。
少しだけ緊張するが、それでも以前のように委縮はしなかった。
今ここで、私にはやらなければならないことがある。
――さっきのおじさんに、私はなる。
深呼吸を一つ。
私は意を決して遼太郎に挨拶をした。
「おはよう」
「あ、ああ、おはよう」
我ながら、キレイな角度で頭を下げられたように思う。
その挨拶はあっさりと成功し、遼太郎も応えてくれた。
そのやりとりだけで、かすかにあった緊張もほぐれ、気持ちも高揚していく。
挨拶って、素晴らしい。
今日からでも、駅前に立ててしまうのではないか――。
思いの外簡単にことが進み、私は成功の余韻に浸っていた。
よし、これで……これで、どうしよう?
あれ?
既に挨拶の流れから雑談に入るには時間が経過しており、気付くと私達が乗車するべき電車が迫っていた。
「おはようございま~す!」
ホームの向こう側で、挨拶運動を続けるおじさんの声が響いてくる。
ただ挨拶することをゴールにした、挨拶運動。
私はその声を聞きながら、自分を重ねるべきものを間違えた、と悟った。
――
「どうだった、挨拶できた?」
いつもの三人で昼食を取っていると、『待ちきれない』といった感じで千恵がそう言ってきた。
私は朝の挨拶運動を思い出しながら、何があったかを語った。
「なるほど……」
千恵は頷きながら、次に続けるべき言葉を探している。
もしかしたら、恋愛経験の乏しい千恵は私と同じく挨拶をゴールにしていたのかもしれない。
千恵なのに、知恵が出てこない。
「挨拶した後自然に話しちゃえば良かったのに~~」
久美にはその後すべきことが見えていたのかもしれない。
語尾を伸ばす系女子なのに、中々侮れない。
「……せいら、何か失礼なこと考えてる~?」
「ま、まさか」
久美が私の考えを汲み取った。
「せいらはちょっと天然だからな~~」
語尾を伸ばす久美に言われ、私は軽いショックを受けた。
私が天然なら……。
「久美は人工?」
「は?」
「う、ううん、なんでもないの」
語尾が伸びなかった。
ちょっと怖かった。
「私人から言われたこと忘れないタイプなの~」と言う久美から目を逸らした。
「……『鉄は熱いうちに打て』、よ」
今まで黙っていた千恵が口を開いた。
唐突に諺を口にした彼女は、やはり中学時代を勉強に捧げていたのであろう。
「昔の人は言ったわ、物事はタイミングが肝心だって」
「う、うん」
「つまり、早い方がいいってことだから、今日よ」
「え?」
「今日、もう一回山岸君と話してみるといい」
「賛成~~」
久美も賛同し、私をけしかけようとする。
「でも、どうやって……」
「人目が気になるんだったら、帰り道でまた声掛けてみたら?」
「何だったら、一緒に帰っちゃえば~~?」
「あ、それだね!」
二人で盛り上がる知恵と久美。
その話を聞きながら、私は別のことを考えていた。
やっぱり私は、一度遼太郎としっかり話をしないといけない。
千恵と久美の後押しを自分の中で理由にしながら、私は帰り道で遼太郎に声を掛けると決めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます