第16話 五月一週(前編・南視点)
想定外のアクシデントに見舞われたものの、何とか無事にゴールデンウィークを迎えることができた。
あの夜、迎えに来た母親には「変な人達が駐輪場にいて、怖くて自転車を取りに行けなかった」と伝えた。
絡まれてしまったことまでは口にしなかったが、それでも十分に心配させてしまったようだ。
問答の末に「せめてゴールデンウィーク明けの一週間くらいは誰か知ってる人と帰ってきなさい」と言われた。
その時、頭に浮かんできたのは紙袋……ではなく、遼太郎の顔だった。
遼太郎とはここ二年近くまともに話もできておらず、一緒に帰るなんて想像もできない。
ただ、私を必死に助けてくれた姿を思い出して、『今なら話ができるかもしれない』なんてことを考えていた。
他に一緒に帰れそうな友人を考えてみたが、通学路が一緒になるような知り合いの顔は思い浮かばなかった。
――
今日は高校の友人達と出掛ける日だ。
みんな地元がバラバラなので、高校の最寄り駅近くで集合する。
私は電車の関係で一番最後に到着し、集合場所にはもう二人が待っていた。
「お待たせ、待たせちゃった?」
「大丈夫、今来たところ!」
待ち合わせした恋人同士のような会話をしてしまったが、相手はクラスメートの『千恵』だ。
入学してから一番最初に声を掛けてくれた子で、その後も一緒に行動することが多く、クラスでは一番仲が良い。
「早速行こうぜ~」
やる気があるのかないのか分からないが、もう一人のクラスメート『久美』が言う。
三人とも別々の中学だが、今は昼食も一緒に取っており、気が合う友人達だ。
これから向かうアミューズメント施設は、カラオケやゲームセンターが併設されている。
そこに一通り遊ぶ場所が揃っているからか、それとも他に遊ぶ場所がないからか、知り合いに遭遇することが多い。
それも一つの楽しみとして、私達は目的地に向かった。
――
最初にカラオケをしながら昼食を食べ、歌唱よりも談笑がメインになった頃、部屋を出てゲームセンターに移動することにした。
私は手でつまんでフライドポテトを食べた結果、付着した油が気になったため、先に二人を向かわせて手を洗いに行く。
しばらくして、UFOキャッチャーの近くで二人を発見した。
何の警戒もせずに近付いていくと、何とそこには遼太郎がいた。
まさかの遭遇に私は大いに驚いたが、動揺している暇もなく、近くにいた男子に話しかけられた。
「あ、南さんじゃん」
「あ……日置君?」
どうやら遼太郎と一緒に、日置君もここに遊びに来ていたようだ。
話しかけられたことで、何とか自然に遼太郎から目を離すことができた。
「せいら~、日置君が取ってくれるんだって」
千恵がそう言って日置君にUFOキャッチャーをさせようとする。
「しょうがねーな、どれ?」
「素敵~~」
乗ってきた日置君を、久美が囃し立てる。
盛り上がっている三人を横目に、チラっと遼太郎の方を見る。
遼太郎も三人を見ながら、何やら羨ましそうな顔をしていた。
気付いたら、三対二だ。
今だったら、話しかけても不自然じゃない。
話しかける理由も、話題もちゃんとある。
私は勇気を振り絞って、遼太郎に声を掛けた。
「……ねぇ」
「……」
……少し声が小さかったのかもしれない。
私が横を向きながら話しかけたからかもしれない。
遼太郎の反応を待つが、何も返ってはこなかった。
不安になり、遼太郎の方を見ると、真顔で三人の方を見ていた。
え……?
私は……?
頑張って声掛けたのに無視……?
「……ねぇ」
「…………」
緊張よりも、ちょっとムッとした私は、今度はしっかりと遼太郎を見据えて声を掛けた。
しかし遼太郎は何かを考えこんでいるかのように、微動だにしない。
ここまで来て引き下がっては女がすたる。
私は遼太郎に近付き、先程よりも大きな声で呼びかけた。
「ねぇってば」
「ぬお!?」
私の呼び掛けに気付いた遼太郎は激しく動揺したらしい。
奇声を発しながら腕を振り回した。
その結果、遼太郎の腕が軽く私の体に当たった。
勢いに驚いた私は、「いたっ」と言ってしまう。
遼太郎が痛い人だったという意味ではない。
「あ、ゴメン! マジで、わざとじゃないけどゴメン!!」
遼太郎が、大げさなくらい、必死に謝ってきた。
その様子を見ていたら、何だか私の緊張もほぐれてきた。
「周り良く見てよ~」
「いや、ホントゴメン」
「別に大丈夫だけどさ」
「……痛くないか?」
「驚いて『いたっ』って言っちゃったけど、別に何ともないよ」
「そうか……ゴメン」
「そんなに謝らなくていいよ」
そう言いながら笑うと、遼太郎は驚いた顔をしていた。
それはそうだろう。
私もこんなに自然に笑ってしまうとは思わなかった。
二年近くあったわだかまりが、少しずつ解けていく。
お互いが気遣って、歩み寄っているのを感じる。
気付くと、胸の中はスッキリとした気分になっていた。
そうして私は、肝心なことを言えていなかったことを思い出した。
「……何か話すの久しぶりだね」
「お、おう」
「……」
もう少しだけ遼太郎との会話を続けたくて、この時間を感じていたくて、私は少しの間黙り込んだ。
言葉はないけど、悪い気分ではなかった。
そう思いつつも、二人の時間はあっという間に終わってしまう。
三人のUFOキャッチャーが終わる気配がしたので、名残惜しかったが、私は遼太郎に近付いて小声で言った。
「あのさ……」
「……この前はありがとう」
「……何の話だ」
やはりと言うか、遼太郎はあの日のことをとぼけてみせた。
遼太郎にとって、あれは私が知らなくていい善意なのだ。
……紙袋の覆面姿を、なかったことにしたいだけかもしれないが。
「……何となく言いたかっただけ」
「……そうか」
それでも私は、伝えたいことを伝えられた。
とぼけていても、キチンと伝わっていることが分かる。
何よりも、私を見る遼太郎のまなざしが優しくなっていたことが、本当に嬉しかった。
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