第15話 五月二週(後編)

 電車が目的地に到着し、俺達の他に乗降客がほぼいない地元駅に降り立つ。

 昼前はそれなりに賑やかな駅前だが、今の時間帯はほとんどの店が閉まっており、営業しているのは多少歩いた先にあるコンビニくらいだ。


 今日はトイレに駆け込むということもなく、南の少し後ろを同じペースで歩く。 


「この前さ……」 


 電車内では会話はなかったが、降りてから少しすると南は話し始めた。


「そこの駐輪場で、変な人達に絡まれちゃって」

「うん……」

「何とかその場から逃げ出せたんだけど、自転車は置いてきちゃって。取りに戻るのは怖くて、親を呼んだんだ」

「……そうなんだ」

「『絡まれた』って言っちゃうと心配されちゃうから、『変な人達が駐輪場にいて、怖くて自転車を取りに行けなかった』って話したの」


 ……変な人達とは、当然輩達の話だ。

 傍から見れば一番変な人であったとしても、その中に紙袋を被った不審者の話は含まれていないはずだ。

 もし含まれていたとしたら、目的は分からないが高度な心理戦だ。


 下手なことを言わず、俺は相槌にとどめた。


「それでも親は心配してて、『しばらく送り迎えしようか?』って」

「良い親御さんじゃないか」

「帰る時間も変わるから、『大丈夫』って答えたんだけど、『せめて今週くらいは誰か知ってる人と一緒に帰ってきなさい』って言われたんだ」

「それで俺か……」

「いや、え~と……。勿論親が言ったことをそのまま聞く必要はないって思ったけど、最初に嘘ついちゃったし、心配してくれてるのにこれ以上嘘つくのも何か嫌で」

「なるほどな」


 この辺りで学校も駅も同じなのは俺くらいだ。

 そうなると、一緒に帰るのは当然俺しかいないということになる。


「……良かったのか?」


 俺の言葉の意味を分かりかねたのか、南は俺の顔を見る。


「あ、いや……。多分その話だと、親御さんは変な連中から南を守りたい訳で。かと言って、通学路が同じやつなんて俺くらいしかいないよな。 あっ」

「?」


 話していて、結構大事なことに気付いた。


「……南、お前彼氏は?」

「いないよ!」

 

 速攻で否定される。

 今まで全然気にしていなかったが、中学時代から誰かと付き合ってるとか、そういう可能性はあるじゃないか。

 良く考えてみれば、南を避けるために南の行動パターンを把握していたが、そこに彼氏の影はなかった。


 ストーカーでは、決してない。


「いたら他の男子となんて一緒に帰らないでしょ!」

「そ、そうだな。結構真面目なんだな」


 気を使ったのに何故か怒られる俺は、やはり女子とのコミュニケーションスキルを中学に置いて来てしまったようだ。


「いや、ほら、彼氏とかいたらさ、一緒に帰って守ってもらうとか、そういうのどうだろうって。だって、男だったら、彼女のために遠回りして帰るくらいするだろ」

「だから、彼氏なんて、い、ま、せ、ん!」

「あ、はい……」


 強めに否定されてしまった。

 これ以上怒らせるのは非常にマズい。

 女子と喧嘩するような強い心は中学時代になくしているため、俺は穏やかに場を収めることにした。


 怒らせるつもりがなかったことを伝えるべく、南を持ち上げてみる。


「まぁ、あれだ、変な連中も、南に絡んだってことは、南がモテる証拠だって思うし、それなら彼氏いてもおかしくないかな、って思っただけで。男ウケって言うのか?」

「……遼太郎、私のこと怒らせたいの?」


 さっきまで早口で怒っていた南が、ゆっくりと話し始めたことに俺は恐怖を感じた。

 正直、褒めておけば良いと思っていたが、何事か失敗したようだ。

 明日からプリントを雑に放り投げられる日々が再開してしまう。

 何とか……。何とかしなくては。


「ち、違うんだ! 俺が言いたかったのは、南が可愛いから! 俺から見ても南はすっげー可愛いから、何か色々そういうアレだってことなんだ!」

「……」


 南はもう言葉を発さない。


 俺も自分自身が何を言っているかもう分からなかったので、勢いでごまかしてみた。

 多分誠意は伝わっただろう。

 誠意大将軍だ。

 幕府は開けなくとも、地雷の爆破は防げた。

 ちっとも上手くねぇ。


 ……俺の耳が聞こえないのでなければ、南が一向に喋らない。

 なんだコレ、チャンスか?


 そう、この付近では先日もチャンスを感じた。

 ピンチはチャンス、チャンスはピンチってことだ。


 よしっ!

 

 パァン!!


 俺はいきなり大きく柏手を打つ。

 そう、ヤケクソだ。

 ビクっとして俺を見る南。


 これで空気が変わったぞ!

 どんどん行くぜ!


「さてっ! 話を戻すとっ! 南はッ! 誰かと一緒にッ! 帰らなければならないッッ!!」

「普通に喋って?」

「あ、ハイ」


 ちょっとうるさかったかもしれない。

 でも会話になったから良しとしよう


「それで、道が同じなのは俺だから、俺と一緒に帰ろうと、そう考えたってことか?」

「……う~ん、そんな感じ? なのかな。……いや、」

「いいぜ」

「えっ?」

「俺が、しばらく、南を家の近くまで送るから、嫌じゃなければ一緒に帰ろうぜ」

「……」


 南が何かを喋りかけたが、遮ってしまった。

 俺にはもう色々なことが分からなかったが、多分男らしいというのはこういうことだろう。

 

 南はまたほんの少しの間沈黙していたが、俺の顔を見て「ありがとう」と言った。


 良かった。

 俺の対応はこれで正解だったのだ。


「……遼太郎、変わってないね」

「え? どういうことだ?」


「……相変わらず、バカだね」


 そう言って笑う南を見ていたら、俺は何だか照れ臭くなったので、「うるせぇ」と小さく呟いた。

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