emergency-14
* * * * * * * * *
雨の日も風の日も、封印とバルドルはそこにあった。
気温が30℃を上回ろうとも、スタ平原が一面の雪景色になろうとも、ただ主人を守るように、戻りを待ち続けていた。
バルドルが『忠犬』の如く見守り続ける姿は、見る者多くの涙腺を緩ませた。
バルドルはただシークを待ち続ける『忠剣』を演じていた訳ではない。来る日も来る日も、シークを封印から開放するため、テュールの欠片とシークのほんの僅かな意識を媒体として、細々と気力と魔力を送り込んでいた。
それが手段として有用かどうかは分からない。ただ、バルドルにはそれしか出来なかった。
シャルナクが作り上げたバルドルの台座の前には、手作り感満載の木製の立て看板がある。看板の文字を書いたのはチッキーだ。
<アークドラゴンが目覚めると危ないので近付かないでおくれ。写真機のフラッシュは禁止。ヒーラーはお参り代わりに僕にリジェネを掛けて欲しいのだけれど。シークの愛剣バルドルより、どうもね>
バルドルは武器仲間と農具仲間、それにシークと親しい間柄の者以外とは一切会話をしなかった。
それがバルドルにとって、シーク以外とつるむ気がないという意思表示なのか、それとも少しでも消耗を抑えるためだったのかは分からない。
「へえ、これがアークドラゴンの封印か。うおっ!? 本当だ、聖剣バルドルがある!」
「本当に伝説のバスターだよな、シーク・イグニスタって。20歳でこんな勇敢な真似出来るか?」
「無理無理! 20歳の時なんてまだオーガ3体相手に半泣きだったわ」
「半泣き? 見栄を張らず胸を張れ! 俺は胸を張って言うぜ、全泣きだったと!」
「英雄の前で言う事がそれ?」
時々記念碑や観光名所のような気分で、バスターや一般の者が見学に訪れる。最年少の3つ星バスターであり、悲劇の英雄。崇拝にも似た感情を持つ者は少なくない。
アークドラゴンがかつてモンスターを統べたと言われるように、この付近のモンスターにとっては恐るべき存在だ。封印されていても、普通のモンスターを遠ざけるには十分過ぎる。
そのため周辺のモンスターは激減し、バスターではない者も最近はギリングとアスタの間を歩くことが普通になりつつあった。
「聖剣バルドルは……英雄シークの事を待ち続けているのよね」
「ああ、そうだな。この人がいなけりゃ俺達はこんなのんびりしたバスターなんてやってられなかった。そんな人に仕えた良い剣だよ」
「私、リジェネを掛けておこうっと。いつか目覚めた時、こんな世界を守るために封印になった訳じゃないって……怒られないようにしないとね」
「バスター歴5年で未だミノタウロスから逃げ回る俺達を見たら、そりゃ怒るだろうな」
バスター達が目を閉じて手を合わせ、静かに去っていく。封印から暫く月日が流れているからか、最近は訪問客も落ち着いていた。
(シークってば、完全に故人扱いされているよ。いい加減うんとかすんとか言ってくれてもいいと思うのだけれど)
バルドルには、今もテュールの欠片を使ったイヤリングが取り付けられている。その小さな魔石を通じて、バルドルは少しずつ少しずつシークの意識へと回復魔法の効果を流していく。シークの耳にもある同じイヤリングからは、ほんの僅かずつ回復魔法が伝わっているようだった。
シークの気力が少し回復すれば、今度はバルドルがシークの気力を少しもらって自分を回復する。僅かに取り込んだシークの「欠片」を通じてのやり取りでは、それがやっとだ。
例えるなら少しずつというのは、水道の蛇口から雫が時々一滴ずつ落ちるような、そんなイメージである。そうやってアスタ村に「ある」テュールと共にイヤリングを操っていることは、バルドルとテュールしか知らない。
何年掛かるか、本当にそれが正解なのか分からないため、誰にも言わずにいた。
そう、バルドルはどれだけ月日が経とうと、シークの事を諦めてなどいなかった。
(シーク、君があと何百万年回復をお替りするつもりか分からないけれど、そろそろ僕は共鳴に足る気力が戻っているよ。起きないのかい)
(魔法剣士シーク、ここにぐっすり眠るって書き足してもらわなくちゃ)
(なんだか『ひと剣ごと』を繰り返すのも虚しい……あーまただ、虫か何かが這い上がって来ているよ、ムズムズする)
バルドルは身じろぎする事が出来ない。視界を頼りに、鞘の先から柄の先まで、どこに虫がいるのかを調べる。ただ、あまりにも小さいのか全く見つからない。
「あーもう! 確かに虫の多い季節ではあるけれど、こんなにムズムズするのは初めてだ! 聖剣にたかるなんていい度胸だよ虫けらめ」
(……、……)
「羽虫かな? ブンブンとうるさいよ。僕は今忙しいのだから、邪魔をしないでおくれ。『33セーテの虫にも16.5セーテの魂』だなんて慈しむ暇はないんだ。まったく、『虫も飛ばずば斬られまい』って知らないのかい」
(……、…………)
「虫だ無視だなんて冗談を言うつもりはないんだ、早くどこかに……ん?」
バルドルが「ひと剣ごと」をやめた。ムズムズと共になんだか鞘の内側、つまり自分の刀身から響いているような気がしたからだ。
大地が揺れている訳ではない。鞘と鍔の間に虫の入る隙間などない。
(………、………い)
「お、おや? なんだか僕を放り投げて見捨てたシークのような声、いや温かみがある」
バルドルはほんの微かだが、とても懐かしい感覚が蘇ってきている事に気が付いた。それは
(……ル、……聞……かい)
「シーク、シーク!? 君なんだね?」
(よ……た、聞こ…………だね)
「ああ、シークだ。目覚めたんだね! まったくもう、君ってやつは僕を……僕を、置き去りに……なんか、してくれちゃっ……僕がどれ程……どれ程……!」
(……めん……、聞こえ……たい……かった)
「……もぞもぞと喋ってないでしっかり喋ったらどうなんだい」
バルドルが感じた違和感の正体はシークだった。
シークへ流れていく気力。テュールが本体の魔石の成分から、分身であるイヤリングに流す魔力。それらがようやくシークを覚醒させるのに必要なだけ貯まったのだ。
鼻などないくせに詰まったような声で、喉もないのにその声を詰まらせるバルドルに、目覚めたシークは封印前と変わらず穏やかに話しかけてくる。
(……ごめん、バルドル。ああする……か、なかっ……だ)
「分かっているよ、君は出来るだけの事をした。でもごめんと言われてそれを僕が許すとは限らないね」
(……タウロス10体、天……の羽毛……ションを新品に……は……だい?)
「いい心がけだ、僕に対する罪がどれ程深いのかきちんと理解しているようだね。それで『柄』を打つよ」
バルドルはとても嬉しそうだった。見た目では全く分からないが、少なくともバルドルの声は弾んでいる。シークの発言が相変わらずだったのも理由の1つかもしれない。
午後の眩しい日差しを受ける平原において、バルドルの声だけがぽつんと発せられ、周囲に聞こえることもなく消えていく。
幻聴を聴いた事なら幾度もあった。夜中、僅かに風や地震で揺れを感じただけで、「シークが起きたんだ!」と大騒ぎした事もあった。
今回はそうではない。確かに会話が出来ている。随分と感じていなかったシークの力もはっきりと感じていた。
「僕がどれ程感動して、『足があったら走りたい』気分なのかを話して聞かせるのは後にしよう。寝起きで申し訳ないのだけれど……今すぐ僕を信じて共鳴してくれるかい」
(……初から、信じて……る場合……どうしたら……い?)
「それはどうもね、そのまま信じていておくれよ。という事で、共鳴したらアークドラゴンの封印を解いてくれないかい」
バルドルは自身の気とシークの気を練り合わせ、しっかりとシークの意識と気力、おまけに魔力を捕まえる。
シークは意識だけの状態のまま、自らの意思で封印の維持を止めた。
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