emergency-13

 

 * * * * * * * * *




 エンリケ公国、カインズ。普段なら人と物資が耐えず行き交う港には、人の背の3倍以上も大きな球状の荷が運び込まれていた。


「台車に載せるぞ! こっちの枕木を固定したら、そっちの枠にワイヤーを掛ける!」


 球体は鋼材で組まれたパレット枠の上に載せられている。四隅にワイヤーを掛けられ、ゆっくりと天井クレーンで吊り上げられていく。


「いいぞ! ちょっと右……よーし! 巻き下げろ!」


 車輪をつけられた台車に載せ替えられ、しっかりと固定される。その正体はアークドラゴンの封印だ。周囲にはゼスタ達、大勢のバスター、それに管理所の職員の姿があった。


 シーク達がアークドラゴンを封印したという話は全世界に広まっていた。黒いシートに覆われて中を窺う事は出来ないが、皆が一目見ようと詰めかけているのだ。


 このまま町の通りを人間と馬で引っ張り、駅まで運んいく。リベラまでは汽車だ。そこからは機械駆動車10台以上で牽引し、ギリングの西を通過してアスタ村の近くまで運ぶ。


 これは世界の危機を救うために自らを犠牲にした、シークの実質的な弔いの行進だった。


 想定以上に時間が掛かったものの、封印は無事にアスタ村の北東に下ろされた。街道からは少し逸れるが、周囲の草原や遠くの山々、それに村へと続く道も眺めることができる。


 アスタ村の周辺は夏の暑さを感じつつも、風がそよそよと草を撫でて気持ちがいい。そんな長閑な草原において、封印は異様な佇まいを見せている。


 シークの母親は現実を受け入れられずに気を失って倒れ、シークの父親が先程負ぶって村に戻ったところだ。


「坊主がまさか……。わしはあの坊主を気に入っておったんだ」


「刃物も熱も駄目なのかい? この封印は武器で壊す事はできないのかしら、ねえ?」


「アークドラゴンに勝ったら見せたいものがあったんだ。5人の肖像画を刻んだミスリルのプレート……5人揃って帰って来た時、管理所に、飾るつもりで」


 話を聞きつけ、ビエルゴ夫妻とクルーニャも駆けつけていた。


 ゼスタ達への気遣いなのか、封印出来た事を喜ぶ声は聞こえない。祝福ムードは皆無だ。屋外で大勢が悲しむ光景も、また異様だった。

 

「俺達がアダムの衰弱にもっとしっかり気づいていれば、こんな事には……」


「こんな時にヒーラーとして無力だなんて。どうにかしてあげたいのに、何も出来ないの?」


「どんな戦いだったんだ、シークの最後の様子は?」


「俺達が託したせいで、余計に使命感を負ったんじゃないだろうか」


 ゴウン、リディカ、カイトスター、レイダーの4人も管理所からの情報を入手し、アスタ村付近に待機していた。


 テディは昨年バスターを引退した。現在はバスター指導の本資格の勉強をしつつ、故郷で講師をしている。生徒と講義を放り出して駆けつける事は出来なかったようだ。


「ぼく達お手伝いするって、写真撮りますよなんて言ったのに……最後の最後でこんな」


「悔しいけど間に合わなかっただけじゃなく、私達がいたらきっと邪魔になってた」


「回復魔法が効かないとしても、何か意味があるかもしれない……バルドルに継続回復のリジェネを掛けてみる。駄目でも何でも、やれることはやってみたい」


「新調したライフルで撃っても、穴なんて開かないよな。そんな封印ならきっととっくに破れてる」


 ディズ、アンナ、ミラ、クレスタの4人は、訃報同然の連絡に愕然としつつも、滞在中のニータ共和国から駆け付けた。


 シークが優しい笑顔でニッコリと話しかけてくれることは、もう二度とない。特にディズは絶望と呼ぶに相応しい表情で俯いている。ディズにとって、シークは誰よりも強く、尊敬する人物だった。


「俺も時々寄る。シークに声が聞こえなくても、俺がジジイになっても、どんなに世界中を飛び回ろうと絶対に来るから」


「私達、一度パーティーを解散することにしたの。シャルナクとイヴァンはひとまずムゲンに帰るわ」


「まだ信じられないんだ。わたしは……今でも後悔している。わたし達を守るために……あの瞬間が未だに頭から離れない」


「ぼくは時々チッキーに会いに来るから、必ず寄ります。アレスもテュールやバルドルとの再会を楽しみにしてます。シークさんも封印から出て来れるかもしれないし」


 封印を運び終わって数時間、弔いの客はまだまだ減る気配がない。


「みんな、今度ゆっくり集まろう。レイダーも家族と俺達の故郷に越してくるんだ、バース共和国のメメリ市まで来てくれると嬉しい」


「何か方法がないか、私達も国に帰ってからも調べてみる。連絡が取れるように時々管理所に顔を出すつもりよ」


「ぼく達も……そろそろ戻ります。ほらアンナ、泣くなって」


「ここで泣かなくて……いつ泣くっていうのよ!」


 管理所の職員が一礼してギリングに戻っていき、ようやく人が少なくなってきた。ゴウン達もディズ達も、ここで出来る事は何もなく、ギリングへと引き上げていく。


 いつもと変わらない夕日が沈む頃には、ゼスタ、ビアンカ、シャルナク、イヴァンの4人と5つの武器、それにチッキーとテュールだけになっていた。


「ねえゼスタくん、本当に兄ちゃんは元に戻らない? 共鳴もだめ?」


「去年テュールと共鳴しただろ? チッキーの力でテュールの力を書き換えた。シークとバルドルがあれをするのはもう無理なんだ」


「チッキー様、毎日畑での作業が終わりましたら1日を報告しに参りましょう。バルドルもいますから、毎日少しずつシーク様の旅でのご様子などを聞いたりして」


「もう……兄ちゃん元に戻らない? 絶対帰ってくるって言った……のに」


 チッキーは全く堪える事が出来ていない涙をぬぐう。鼻水まで垂れているがこの状況では仕方がない。


 きっとチッキーは叱られる事も厭わず、1人でだって、モンスターが立ちふさがったって、毎日兄へと話し掛けに来る事だろう。そして暫くは毎日泣くのだろう。


「ぼく達も色々方法を考えたんだ。だけど……方法はなかった。ごめん、シークさんを守ってあげられなかった」


「ううぅ、うぁぁ……!」


「チッキー、家まで送ってやる。テュールを持ってたって、1人で帰らせる訳にはいかねえよ」


 チッキーの肩を抱き、ゼスタがアスタ村まで送ってくると告げる。その時、ふとバルドルが微かな声でテュールを呼び止めた。


「テュール」


「何ですか、バルドル」


「君の欠片は……まだ残っていたりしないのかい」


「欠片、ですか。そうですね、管理所の方か、武器屋マークのご主人ならもしかすると」


「テュールの欠片を使ったアクセサリーなら、私のがある」


 会話を聞いていたビアンカが鞄からピアスを1対取り出す。以前ビエルゴからもらったものだ。


「それを僕の柄の巻き布に挿してくれないかい」


「いいけど……ああ、そうね。これでシークとお揃いみたい」


「どうもね」


 ビアンカは、何故バルドルがテュールの欠片を使用したピアスが欲しいと言ったのか、分かっていなかった。バルドルも理由を打ち明けるつもりはないらしい。ぬか喜びさせたくなかったからだ。


 テュールにはアダマンタイトだけではなく、魔石もふんだんに使われていた。


 一方、ピアスを取り付けられた姿を見て、テュールはバルドルが試みたい事に気付いた。何を言われるのでもなく、去り際に小声でバルドルに承諾する。


「バルドル、やってみましょう」


 魔石には力を吸収する効果がある。魔力、気力……それらを吸収できる。それがもし、僅かに留めているシークの意識を回復するのに利用出来るのなら。


 その考えはテュールにとっても現実的なものに思えた。


 バルドルはテュールに考えが伝わった事にホッとし、最後にシャルナクへと1つ頼みごとをする。


「ミラが掛けてくれたように、僕にもう一度リジェネを掛けてくれないかい」

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