emergency-12
10人のバスター達は徒歩で町まで戻っていく。暗い荒野にはビアンカ、ゼスタ、シャルナク、イヴァンの4人だけとなった。
「それで、バルドルの頼みってのは何なんだ」
「うん、君達はシークを助けるためなら何だってするって言ってくれたよね」
「ああ、そのつもりだ」
「シークは何も犠牲にしたくないと言った。でも僕はシークを犠牲にしたくない」
「俺達もそうだ。犠牲にするなんて考えてねえよ」
「だから、僕を完全に破壊する方法を見つけ出して欲しい」
「……は?」
バルドルのとんでもない願いに、4人は口をぽかんと開けていた。シークを助けたる事が、何故バルドルを壊すことに繋がるのか。
もちろんそれが分かったところで、4人には実行するつもりなどない。
「それならお前がシークの気力を手放して、んで俺達が万全の体勢でトドメを刺す、それで解決だろうが!」
「そうですよ、バルドルを壊す理由が分かりません。それにシークさんが悲しむじゃないですか。僕だって、何があってもアレスを壊されたくないです」
「僕が預かっている僅かなシークの欠片だけじゃ、シークは目覚めない。でも僕に使われたシークの気力と魔力、それが戻れば目覚めるかもしれないんだ。といっても僕は自分で『剣生』を終わらせることが出来ない」
「いや、それはあたしが許さん。誰が、何が犠牲になればいいっち話やないんよ」
バルドルは自分がもらった気力と魔力をシークに返す事で、封印が解けた後のシークを確実に目覚めさせたいのだという。
しかしアダムから過去の封印の全てを聞いた訳ではない。借体の場合ですら、封印を強制的に解かれた後の人間がどうなるかは分からない。瀕死のシークが封印と同時に消滅する、死んでしまうという可能性も十分考えられる。
「バルドルはこうして意識を保っている。その理屈で言えばシークの意識を保つのに十分とも言えるが……でも」
「バルドル、駄目だ。シークはお前を失いたくないから自分だけ鍵となったんだ。目覚めた時にお前がなかったら……シークは守りたいものを全部守った事にはならない」
「そうですよバルドル! シークさんはバルドルがなくなるなんてきっと嫌だと思います」
バルドルの頼みを断固拒否し、4人と4つの武器は何か方法がないかを考える。
死霊術士達のように強引に封印を解けば、シークの命の保証はない。それどころか、強引な封印解除がなされたせいで、アダムの寿命が縮まった可能性すらある。
ヒュドラだけでなくゴーレム、メデューサ、キマイラの封印も、恐らくは解術によって強引にこじ開けられた。それがもしアダムの老いを早めてしまったのなら、シークの寿命への影響は避けたいところだ。
だが外からも内側からも成す術など思い当たらない。もっとも、だからこそ封印は300年無事だったとも言える。
「ねえバルドル、シークの気力と魔力と意識が全部揃っているってことよね」
「うん、その通り」
「バルドルはシークの手に握られていないけど、シークの意識はバルドルが自分に閉じ込めてる」
「うん、その通り」
「つまり瀕死のシークと一緒にある状態ね」
「うん、そうだね」
ビアンカは1つ1つ確認し、この世の終わりのような表情から、急に目を輝かせて立ち上がる。
「これよ! これしかないわ!」
「どうした? 何かいい案が浮かんだのか!?」
「共鳴すればいいのよ! バルドルの気力が回復すればいいのよね? バルドルの本体の方で共鳴するのよ!」
「そうか、そうすればバルドルがシークを操れる! お前頭いいな!」
嬉しそうに飛び上がり、ゼスタはビアンカとハイタッチをして抱き合う。これでいけると信じ、期待の眼差しでバルドルを見つめている。
ただ、それを行うための要件は揃っていなかった。
「あっ、えっと……喜んでいるところほんとうに申し訳ないのだけれど……言って、いいのかな」
「わたしが代わりに話そう。ゼスタ、ビアンカ。バルドルの気力の回復、それはシークが行うものなのだろう? さっき言ったはずだ」
「……あっ」
「そうだった、シークの体が回復しないと意味がないのね」
例えばアレスをゼスタが持ったとして、イヴァンの名が刻まれていようとも、ゼスタとアレスが共鳴する事は可能だ。
バルドルも、ゼスタやビアンカと相性が悪過ぎなければ共鳴する事は出来る。
ただ、それはゼスタやビアンカの気力が十分に込められた状態で、それぞれと共鳴するということ。仮にバルドルがゼスタから気力を流されて回復しても、シークとは共鳴が出来ない。
「何も出来る事はない、つまりはそういう事ですね」
「うん。そういう事」
「俺達はシークを犠牲にし、シークはバルドルが朽ち果てるまでこのまま」
「うん、その通り」
もう封印を解くことは出来ず、倒す事も出来ない。これは倒したも同然であり、勝利だろう。シークが犠牲になったとしても、それは変わらない。
しかし誰一人として喜んでなどいなかった。こんな結末でアークドラゴン討伐を成し遂げることなど、想像すらしていなかった。
「でも、でも……やっぱりこのままここに置いてなんていけないわ! せめてどこか、すぐに駆けつけられる場所に移せないかしら」
「あの、ボクは……いや、シークさんはきっと生まれ育ったアスタ村の近くがいいと思うよ、その、えっと……多分だけど」
「ああ、そうだな。シークのご両親や、チッキーとテュールの事を考えたなら、わたしも賛成だ」
「分かった、運べるように相談してくる。シークを置いて行くのは心苦しいけど……管理所に寄って、準備が出来たらすぐに戻ってくるから」
「ゼスタ、それなら俺っちの片方をバルドルの横に突き刺して行け。もし何かあったら俺っちが知らせてやる」
「ああ、じゃあ……少しの間頼んだぞ」
ビアンカがシークの鞄とバルドルの鞘を手に取り、バルドルを綺麗に拭き上げる。そして少しだけ土を掘って固定し、封印に立て掛けた。その横にカバーに入れたケルベロスをそっと置く。
4人は体を休めることなく、すぐに管理所へと発った。シャルナクが頭上に浮かべたライトボールの光が見えなくなり、荒野は真っ暗だ。月と星々だけがバルドル達を照らす。
「バルドル、いいのか?」
「うん、これでいいんだ。僕は持ち主に守ってもらった。悔しくて情けないけれど、僕は幸せ剣だよ。アダムすら思いつかなかった方法で、シークは苦しまなかった。僕だってこの通り無事だ」
「……確実じゃなかったから言わなかったんだろ」
「何をだい」
「封印を解ける可能性がある事を、だ」
武器同士、自分達の特性は分かっている。ケルベロスはバルドルが僅かな希望を見出している事を見抜いていた。
「どれくらい掛かるか分からないからね。1年かもしれないし、1000年かもしれない。僅かな希望を胸に、毎日死ぬまで様子を見に来させるのかい? あの責任感が強い4人と、シークの家族に」
「そうだな、慰めにもなんねえよな。いっそこのままだと納得させて、前を向かせるって事ならそれがいい」
「時々寄って、旅の話でもしておくれ」
「おう。任せとけ」
「僕は……少し眠るとするよ、とても疲れたんだ」
そう告げた後、バルドルは眠りに入った。自身の気力を殆ど使い果たし、シークから気力の回復を受けることは叶わない。バルドルの消耗の激しさはケルベロスもよく分かっていた。
ゼスタ達が馬車なしで町へと戻り、封印を吊り上げるためのクレーンと、運ぶための特注台車、それに馬と人間を大勢集めて戻ってきたのは2週間後。
その間バルドルは2度、数時間だけ目覚めた。ケルベロスが時々小声で唄ったりもしたが、バルドルが一緒に声を合わせる事はなかった。戻らない気力のせいか、殆ど喋る気も起きないようだ。
ケルベロスは片手剣だけ暇を持て余していた。しかしこれからのバルドルの日々を思うと、愚痴をこぼす気にはなれなかった。
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