emergency-11
* * * * * * * * *
戦いの時間よりも、バルドルの沈黙の方が長かったかもしれない。
「……僕の話を聞いてくれるかい」
陽が暮れ始め、山の端がオレンジ色に染まる頃、バルドルはようやくゆっくりと話し始めた。意気消沈したバルドルは、封印の中で時を止めたシークをただ見つめている。
皆がバルドルの傍に集まって座る。
「アークドラゴンの背で、僕とシークは全ての力を使い果たして致命傷を負わせた。あのままアークドラゴンが地に落ちたなら、まだ息があったとしても仕留める事は出来た」
「じゃあ、何でシークは封印なんか!」
「アークドラゴンは、全ての力を使って君達へと炎の弾を吐こうとしていた。君達にそれを避ける時間はなかったし、僕にもシークにも止める手段はなかった」
「だから、だから本当は倒せたのに封印したってのか!」
「私達が回復や気力切れで倒れ込んで、アークドラゴンの動きをしっかり見ていなかったから……」
ビアンカはその場に座り込み、後ろに手をついて空を見上げる。
「私達を守って……」
シークは優しい言葉を掛けてくれるようなマメな性格でも、欲しい言葉を選んでくれるような気が利くタイプでもなかった。しかし、小憎らしい事や笑いを誘うような事を言いながらも、その行動はいつも優しかった。
そんなシークが戦いの最中で何を考えるかなど、パーティーを組んで3年も一緒にいれば分かりきっている事だった。
それなのに、自分達はアークドラゴンを見上げる気力も使い果たし、戦いの行く末を見守る事すら出来ていなかった。
全力を尽くし、後は頼んだと言って倒れ込んだ。託されたシークはまだ戦っていたというのに。
「私……私、バスター初日からずっと一緒だったのよ? ゼスタがその前から友達だったなんて関係ない! なんで、なんで最初から全部知ってるのに、全部一緒にやってきたのに、なんで最後の最後で私……力になれないのよ」
悔しそうに顔を歪め、涙はビアンカの目から勝手に溢れ出る。拭うつもりもなくただ空を睨み、ビアンカはそれ以上の言葉を続けなかった。
「戦力構成が決して満足のいくものではなかったのは確かだ。アダム・マジックが亡くならなければ、こんな事態にもなっていなかった。ただ、この結果を招いたのは……結局は戦ったわたし達だ。わたしは……覚悟を決めたつもりだった、なのに」
シャルナクは自身の技量と、全体を見渡す余裕がなかった注意不足を責めていた。一番射程が長いはずのアルジュナでの攻撃も、負傷者の治療に時間を割かれて後半はあまり出来ていなかった。
「アークドラゴンの翼を切り落とし、首の付け根を斬りつけ、麻痺を仕込んでくれたからこその結果なんだ。出来る事は最大限やった。力があと少し足りなかった……そういう事だ」
「あと3ヶ月あれば……ぼく達は間に合ったんでしょうか。ゴウンさん達が来て、ディズさん達が手伝ってくれてたら倒せたんでしょうか。シークさんはこうすると決めていたんじゃないでしょうか」
「……そんな事はどうでもいい、早く封印を解きやがれシーク! 何1人で背負い込もうとしてんだ馬鹿!」
ゼスタがよろりと立ち上がり、封印に倒れ掛かるようにしてその表面を叩く。冷たさも温かさもなくただ硬いだけの封印は、何の振動も内部に伝えてくれない。
「これが……これが最善の結末だと思うか? 俺達、全力を尽くしたって言えるのか? 1人に後始末を全部やらせて守られて、頑張りましたって帰れるのかよ!」
「ゼスタ……」
「勇者ディーゴと同じ結果を残せたからって、これで胸を張れるのか? シークの親には? チッキーには何て言う!」
「……そうだわ、イヴァンも言ってたけど、どうしてシークは封印を維持できているの? 自分が鍵になったら、それを維持する事が出来ないはずよ」
ビアンカは以前の話を思い出していた。
シークを鍵にするためには借体が必要だ。そして、実際に封印は成功して維持されている。という事は、シークが借体しているという事になる。
「そうたい! バルドル坊や、あんたが喋れるっち事は、シーク坊やの力がちゃんと作用しとるっち事やろ」
借体。それについて、バルドルは心当たりがあった。
「……シークの封印は僕の中にあるシークの僅かな気力と、ないに等しい意識が発動させているんだ」
「バルドルの中の!?」
「アダムの魔力を取り除き、シークの力で上書きをした時……僕は細工をした。共鳴の逆パターンさ、シークの意識を僕の本体にほんの僅か引きこんだ」
それによって、バルドルは声に出さなくてもシークと会話をする事が出来た。共鳴の際にはシークの意識を保ったまま、ただ強さだけを解放する事が出来た。
それがバルドルの狙ったものだった。しかし、そのせいでシークはこの封印を思いついてしまったのだ。
「僕は絶対に……たとえ折れても絶対にシークの意識を『柄』放さない。自分が喋れなくなるからじゃない、シークを失いたくないからさ。シークはきっと僕のそんな思いに賭けたんだ」
「分かった、じゃあ俺達がすぐにエリクサーで全回復する! 致命傷を負ったアークドラゴンなら、次の共鳴で仕留められるだろ!」
「アレス、やりましょう。アレスの気力も心配ですけど、シークさんを助けたいです」
「イヴァンさん……。無理、なんです。少なくとも今のバルドルとシークさんは、封印を解けないんです」
「どういう事?」
バルドルがここまで落ち込み、悔しがっているという事は、そうする事が出来ないという事。バルドルの沈みきった様子に、武器達は事態を察していた。
陽が沈み、長かった影は少しずつ大地の色と同化する。黒い焦げ跡や、大きく抉られた地面も暗闇に隠れていく。
「僕達の気力は……持ち主に求められる事で少しずつ回復していく。持ち主の気力を少しずつもらって自分の気に変換しているんだ。僕はシークの手に握られていないし、触れることすら出来ない」
「でもシークの意識がバルドルの中に僅かでもあるなら、そこから気力を……」
「シークは力を使い切った状態で封印を発動させた。シークには、バルドルに渡せる程の気力と魔力がない」
「俺の気力じゃ駄目なのか!?」
「それで済むのなら、回復魔法で全快出来るはずだ。わたしの魔法でも駄目という事は、そういうことだ」
「シャルナク、この封印の中に回復魔法は効かないのか? エリクサーを掛けたらシークまで届かないか!?」
「無理なようだ、封印が全てを無効化する」
このままここにいても成す術がない。シークがバルドルの中で意識を取り戻し、封印を解くことに同意しなければ、アークドラゴンは永遠にこのままという事になる。
しかし肝心のシークを回復する手段がない。バルドルが物理的に消滅し、シークの気力が解放されない限り、もう封印が解ける事はない。
「頼みがあるんだ、聞いてくれるかい」
「バルドル、何でも言え! 持ち主をこのままになんてしちゃあおけねえだろ、よく分かる!」
「お嬢、ええよね。次からはバルドルの頼みを聞いてシーク坊やを助ける旅たい!」
「ええ、勿論よ。元々目的なんてなかったもの、シークを助けるために動くなら異論はないわ」
「ああ、むしろ俺もお願いしたい。急ぐ旅じゃなきゃ、本当はシークとゆっくり馬鹿やりながら世界を回りたかったんだ」
シークを助けたい気持ちなど確認するまでもない。その場の全員が出来る限りの事をすると約束してくれた。
「それじゃあ……みなさん、事態をバスター管理所に知らせに行ってくれませんか? バルドルの頼みについては、必要があれば管理所を通じて要請を出します」
「分かりました。みなさんはまだここに残られますよね」
「ええ、勿論です。パーティーの事だから、話し合っておきたいんです」
「分かりました。食料を置いていきますから、お腹が空いたらみなさんで」
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