emergency-10


 

 シークは気力と魔力を全てバルドルに注ぎ込むつもりで解放した。バルドルは直視できない程に輝き、アークドラゴンの肉を突き破る。


 この一撃で全てを使い果たせば、もう戦力にはなれない。回復薬を含め、荷物は全て地上にある。仮に持っていたとしても、この状況で全回復を待つのは到底不可能だ。


 更なる問題はバルドルである。バルドルにはエリクサーが効かない。自然回復するしかなく、実質この一撃が最後だ。


 アークドラゴンは赤い口内を地上に晒すように向け、自身の気を練り上げていく。


「もっと、俺達の全力は……こんなもんじゃない!」


 シークの全力の会心破点は、アークドラゴンの首元へと深く突き刺さっていた。バルドルの刀身はもう半分以上埋まっている。シークとバルドルの気力と魔力は、なおも一直線に突き進む。


「うおぉぉぉォォォ!」


「もっと僕の気力まで使うんだ! もっと!」


「破ァァァァ!」


 ミリミリと音を立て、アークドラゴンの肉が裂けていく。会心破点に込められた光は、とうとうアークドラゴンの首の後ろから胸元までを貫通した。


 アークドラゴンの口の中からは光が消え、代わりに血の塊が吐かれた。


「や、やった……か」


 アークドラゴンの胸元にポッカリと開いた穴から、時間差で血が溢れ出す。心臓の動きと同じリズムでドクドクと流れ出す血の量を見て、シークもバルドルも勝利を確信した。


 しかし、アークドラゴンは最後の悪あがきを止めなかった。


 瀕死の状態で飛ぶ力を捨ててもなお、口の中に炎か光か分からない塊を発生させ、地上に放とうと気力を溜める。


 一瞬、快晴の空が青ざめたように見えた。


「まずい……くそ、力が入らない……止められない!」


「すまないシーク、僕の共鳴も……限界だ」


 倒れている者やこちらを見ていない者は、きっと逃げる事が出来ない。先程見せたような威力のまま、もしこの真下で炸裂すれば……助かる者は1人もいないかもしれない。


 トドメをさせなければ、自己再生によってアークドラゴンは完全復活する。世界の終焉だ。


「ここまできて、こんな……」


 バルドルは共鳴を維持する事が出来ず、とうとうシークの体から抜け落ちて本体へと戻ってしまう。一方のシークもバルドルを握っているのがやっとだ。体の痛みに顔を歪め、それでも何が出来るかを必死に考える。


「……駄目だ、魔力も、気力も足りない」


「地上のみんなが気づいてくれる事を願って……」


「バルドル」


 シークはただ1つ、出来る事を見つけ出した。


 アークドラゴンは、激しい消耗のせいで思うように力を溜める事が出来ていない。それでもあとせいぜい何十秒か後には、地上へ何らかの攻撃を放つだろう。


 それを止める手段は残されていない。地上の者も、まだ戦える状態にない。


 モンスターは命が尽きるその瞬間まで、人間を襲う事を止めない。アークドラゴンもその例に漏れない。


 シークはこれしかないと確信していた。


「後は頼んだよ、バルドル」


「……何を、まさかシーク」


「君と出会えて、結構楽しい毎日だったんだ。言ってなかったけど、本当はね」


「駄目だ、駄目だシーク!」


「どうもねって、じゃあねって、言ってくれないのか? ……俺はね、やっぱり誰も、何も、犠牲にしたくないんだよ」


 シークはバルドルをアークドラゴンの首元から引き抜き、地上へと放り投げる。


「シーク!」


「……さよなら。バルドル、みんな」


 シークは僅かと言うにも少な過ぎる魔力を、背中の封印術式に流し込んだ。


「絶対、皆を守る。このまま一緒に地に落としてやる……プリズン!」


 術式がシークの魔力に反応し、アークドラゴンを淡い紫の光の球体が取り囲む。


 それは300年前にアダム・マジックが発動させたものと同じだ。アークドラゴンは封印を察知し、口内に溜めた気力を放って破ろうとする。


 だが封印術の中では不発に終わった。どんなに足掻こうと、決して破れる事はない。


 シークはホッとしてゆっくり目を閉じた。翼を失ったアークドラゴンと共に地上へと落ちていく。


「お、おい! あれは……あれは何だ!」


「アークドラゴンの様子がおかしい、球体になって落ちてくる!」


 地上のなんとか動ける数人が上空へ視線を向ける。


「えっ? アークドラゴン? どういう事?」


 皆の僅か数十メーテ先の地面へ、半透明な紫色の球体に取り込まれたアークドラゴンが落ちていく。そのやや手前に、何かキラリと光る物が見えた。


「えっ、あれってバルドル?」


 それは太陽の光を反射したバルドルだった。シークの姿は見当たらない。


「……シークは? ねえ、シークはどこに行ったの!?」


「アークドラゴンの……背に乗っていたはずだ、痛てて」


「いや、いない。シークの姿がどこにもない……もしかして振り落とされたのか!?」


「でもあのアークドラゴンの様子は……何かがおかしいです。あれは……っ!」


 シークの姿が見当たらない事に動揺しながら、イヴァンが言葉を続けようとした瞬間。アークドラゴンを包んだ球体が地面に叩きつけられた。


「わっ!?」


 バスター達は状況が分からない。だが武器達だけは状況を察していた。かつて自分が封印の鍵となった時、同じ光景を見ていたからだ。


「行きましょ、地上に落ちたならとどめを刺すわ!」


「おう、こんな所でへばってる訳に行かねえ、もうちょっとなんだ!」


「最後のプロテクト・オールと思ってくれ、魔力がもう……」


「アレス! 最後に気力を貸して下さい! アークドラゴンが起き上がる前に……ってアレス?」


「終わったんです、イヴァンさん。戦いは……終わりです」


 気力を貸そうとしないアレスを不審に思い、イヴァンは走る速度を落とした。


「戦いは、終わり? どういうこと? 倒したって事!?」


「ボクからは……言えません。こんなこと、言えませんよ……」


 立ち止まって呆然とするイヴァンを不審に思いつつ、それぞれがアークドラゴンへと駆け寄る。土埃は薄まって、やがて収まっていく。


 そこに現れた物に、皆は見覚えがあった。すぐ手前には土に突き刺さったバルドル、黒く巨大な球状の塊。


「これ、封印じゃねえか! アークドラゴンがまだ封印されている時に確認したのと同じ……」


「待って! シーク! シークが中にいるわ! よーく覗いてみて、アークドラゴンも見える、背中にシークが乗ってる!」


「どういう事だ? まさか……シークは自分を鍵にしてアークドラゴンを封印したのか!」


 4人だけでなく、他のバスターも事態が上手く飲み込めない。皆が呆然と立ち尽くす中、アルジュナがバルドルに問いかけた。


「ねえ、バルドル……シークさんが封印になったんだよね。一体どうして……バルドルもしかして……泣いてる?」


 アルジュナの問いに、皆はハッとしてバルドルを見つめる。


「僕が……泣く? 泣き方なんて……知らないよ」


「ねえバルドル、何があったの? どうして? シークは封印になっちゃったの?」


「まあ待て、なんとなく察した。シークの事だ、バルドルを鍵に使わず、自分が鍵になる道を選んだ。そういう事だよな」


「でも借体は? 借体してないですよね? だとしたらシークさんが鍵になっても封印の意味がないですよ?」


 バルドルがショックを受けている事は明らかだ。全員がこの事態はシークとバルドルで取り決めた事ではないと察していた。


「落ち着いたら聞かせてくれないか。シークが鍵になったのは分かった。でもそんなの納得できない。仲間なんだ……俺の長年のダチなんだぞ。シークが何考えてたのか、お前しか分からないんだよバルドル!」


 予想外の展開で終わりを告げた戦いに、まだ実感などない。散らばった荷物をただ見つめるだけだ。


 バルドルは言葉を発しない。持ち上げられる事を拒み、ただ封印を見上げている。


 皆はバルドルが事の顛末を話す気になるまで、静かに待つことにした。

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