emergency-08
「バルドル、行かなくちゃ。シャルナク、有難う」
「痛む所はないか? ビアンカとゼスタは共鳴に入った。持久戦で勝つのは無理だと判断した」
「僕も賛成した。心意気にもね。息なんて出来ないくせに! なんて冗談はナシでよろしく」
「そんな冗談……わざわざ言われるまで思いつきもしなかったよ」
共鳴は最後の切り札にするはずだったが、このまま何の成果もない時間を経過させる意味などない。被害が出る前に倒せるのなら、それが一番だと同意した。
「シークさん。ぼくとアレスで後方を狙います。ゼスタさんが正面、ビアンカさんが背を狙っているようですから。アレスで尻尾くらいは切り落として見せますよ」
「体を回転させる攻撃が厄介ですからね。尻尾がなくなれば正面だけ気を付ければいいですし。イヴァンさんの特訓の成果を見せる時がやってきました」
「大剣は攻撃が大振りになるから、ゼスタさんみたいに翻弄するのは無理です。ガードは得意ですが、あの攻撃の防御は厳しいです。それなら後方支援のシャルナク姉ちゃんを守りながら動くのがいいかなって」
共鳴したビアンカとゼスタが大技を畳み掛け、アークドラゴンを翻弄する。魔法や投石などで応戦するバスター達も必死だ。防戦一辺倒だった状況は変わりつつあった。
ただアークドラゴンも負けてはいない。大砲は破壊されている。
「行こう、バルドル」
「……ちょっと待っておくれ、僕の違和感を聞いてくれるかい」
「手短にお願いするよ」
「手はないから承諾しかねるね。えっと……アークドラゴンの動きになんだか余裕を感じないかい」
「えっ?」
「本気で攻撃していないように見えるんだ」
シークは怪訝そうにアークドラゴンを観察する。アークドラゴンは、2人を振り払っているだけにも見えた。アークドラゴンからは殺意が感じられない。
シャルナクはアルジュナを手に取り、再びパラライズアローを放とうと立ち上がる。
「あ、あの……ぼ、ボクその、気付いちゃったんだけど、言っても怒らない?」
「え、何?」
「えっと、その……アークドラゴンって、最初は銀色にも見えたよね? ご、ごめん見間違いかも」
「銀……えっ、そう言えば何で……真っ黒なんだ? 体、いつの間にか真っ黒だ」
アルジュナの指摘で皆がアークドラゴンの異変に気付く。戦いの最初から少しずつ色が変わっていたのか、それとも今急に変わったのか。黒味を帯びつつも銀色に見えたアークドラゴンの鱗は、今は漆黒と言ってもいい。
「それに、つ、翼も元通りに……」
「あれ、ちょっと、ちょっと待った! ビアンカが穴を開けた翼は? ほんとだ、翼が元通りに戻ってる」
「なんだと? ……本当だ、わたしがビアンカ達の治療を始めた時には、確かに翼の中央がボロボロになっていた」
「自己再生できるってことだね、これはまずい。もしかして真っ黒な姿が本来の姿……進化してるのかもしれない」
「そうか、時間を稼いでいるんですよ! 今のうちに畳み掛けないと! ぼく達行きます!」
イヴァンがアレスを構えたまま走りだし、途中で共鳴する。尻尾の毛を膨らませ、アークドラゴンの尻尾にアレス本体を振り下ろした。
「ブルクラッシュ!」
アークドラゴンの尻尾が深く刻まれた。ドロリと血が溢れ、確かに効いている。しかしアークドラゴンは尻尾を見ようともしない。まるで尻尾などどうでもいいかのようだ。
「おかしい。アークドラゴンに限らず、尻尾はバランスを取るために必要なはず」
「再生できるから、どうってことない……ってこと?」
「おい、尻尾の血が!」
「血が止まった? まさかもう傷が癒えて」
「イヴァン! あ、間違えたアレスだった! 尻尾より翼を狙ってくれ!」
再生を上回る速度で攻撃をしなければならない。持久戦など最初から無理だったのだ。
「シークさん了解しました! バルドルも早く攻撃に!」
「地道に削る戦法は駄目って事だ」
「とにかく飛ばれては敵わない。シークはこの事をケルベロスとグングニルにも知らせてくれ。アルジュナ、万が一の事を考えてわたし達も共鳴を」
「う、うん。シャルナクの強さ、ボクがちゃんと分かってるから……ちょっと怖いけど……ボク頑張るよ」
シークがバルドルと共鳴するため、少し離れて目を閉じる。シャルナクもまた、アルジュナに身を委ねるため、ゆっくりと瞑想に入る様に目を閉じた。
「……っしゃあ! 少しでも飛び上がる素振り見せてみろ、翼ぶち抜いてやる! パワーショットォォ!」
シャルナクが今まで人生で一度だって見せたことがないような、あくどい表情で攻撃を仕掛ける。アルジュナと無事に共鳴できたという事だ。
シャルナク(アルジュナ)は自身の気を具現化させ、次々に光の矢を放つ。命中する瞬間に炎を発生させ、アークドラゴンの翼の付け根にもしっかりと突き刺さった。
「ヒュウッ、絶好調で畳みかけるぜ! シャルナクの特訓の成果はまだこんなもんじゃねえからな! 痺れちまえ、パラライズアロー!」
一方、シーク(バルドル)はバルドルの本体をしっかりと握りしめ、ニヤリと笑みを作っていた。バルドルが思っていた以上に共鳴の精度が高い。アークドラゴンを簡単に斬り刻めそうな気すらしていた。
そしてもう一つ、バルドルには秘策があった。その成功も笑みの理由だった。
「どうだいシーク」
「……あれ? 共鳴したのに俺、起きてる……」
「君の力で上書きする時、君をほんの少しだけ取り込んだよね。だからこのまま会話も出来る。僕はやっぱり君に倒して欲しいと思ったんだよ、シーク」
「バルドル……」
バルドルが体の中から本体へと戻っていく。しかし共鳴は解けていない。シークは自分の体を自分で操れる状態にいた。
バルドルの声はバルドル本体から聞こえている。バルドルが力の書き換えの際に狙っていたのはこれだったのだ。
「僕は気力を殆ど君の体に預け、代わりに君をちょっと僕の本体に預かっている」
「なんだろう、すごく感覚が研ぎ澄まされている」
「研ぎ澄まされた立派な聖剣のおかげだって? どうもね」
「それは言ってないけど、多分そう。これはバルドルの力なんだ、体がとても軽い」
「改めてどうもね」
シークがバルドルを一振りする。ヒュンっと鳴ったかと思うと、一瞬その空間が歪んだように見えた。
「空気を斬り裂いた……振る瞬間だけ君が物凄く重い。一撃はきっととても重い」
「僕が僕自身を操っているからね。どうだい、君と僕ならここまで出来るのさ」
「じゃ、俺達の力を見せてやろうじゃないか」
「気力は使わせてもらうよ。でも魔法は君の方が得意だ。魔法剣に魔力をしっかり合わせておくれ」
「言われなくても!」
今度はシークが不敵な笑みを浮かべる。バルドルの気力を身に纏い、縮地のように一瞬でアークドラゴンの前に回り込むと、アークドラゴンの胸元へとバルドルをおもいきり突き刺した。
聖剣の名にふさわしく、バルドルの刀身が光り輝く。
「会心破点!」
「その声はお前……シークか? バルドル、共鳴はどうなってやがる!」
「共鳴だよ、これが僕とシークの共鳴さ。ケルベロスはシークが攻撃できるように細かく攻撃を続けるんだ」
「おう、何だか分かんねえけど分かったぜ! 剣閃!」
ゼスタの体を借りたケルベロスもまた、ニッと笑って気力をいっそう溢れさせる。放たれた剣閃は冥剣の名にふさわしく、真っ黒な扇状の刃となってスッパリとアークドラゴンを斬り付けた。
「ケルベロス! グングニル! アークドラゴンは再生どころか進化を試みている! 体の色が変わった、完全体になる前に倒すんだ! 仕留めるつもりで攻撃してくれ!」
「再生!? ほんとばい、体が黒くなって、翼が元に戻っとる……それならまた破いたらいいだけたい! 行くよ!」
「ゼスタの底力を俺っちが見せつけてやる! さすが体も気力もしっかり仕上げて来てやがる、我が主ながら恐ろしいぜ……双竜斬・斬月!」
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