emergency-07

 

「ぐっ!?」


「シーク!」


 巨体を引き摺るようなアークドラゴンの突進によって、轟音と共に土埃が舞う。


 シークの姿は見えなくなった。両脇に呻くビアンカとイヴァンを抱えつつ、ゼスタは悲壮な顔で呆然としている。


「シ……シークは何処だ!」


「土埃で……おい! 多分無事だと思うけど……いたぜ! アークドラゴンの右脇に弾き飛ばされてやがる」


「ひとまず良かった。シャルナク! ビアンカとイヴァンの回復頼む! 俺はシークを拾ってからすぐ注意を引く!」


「分かった! パラライズアローはもう5本撃ってある。そろそろ動きが鈍っても良い頃だと思うんだが」


 アークドラゴンの目がシークに駆け寄るゼスタを捉えた。首に絡み付いているロープなど気にもせず、ゼスタを睨んで大きく口を開き、そのまま炎を溜め始めた。


「おいバルドル、シークは大丈夫そうか!」


「うん、衝撃で意識を手放したけれど、すぐに戻ると思う。それより後ろからブレスが来そうだ、魔法を合わせられないから横に逃げた方がいい」


「げっ!? まずい!」


 ゼスタがバルドルの忠告で振り向き、アークドラゴンの大きく開かれた口に気がつく。しかし、そのアークドラゴンの攻撃は重低音の破裂音と共に不発に終わった。


「グルルル……」


「い、今のは」


「大砲だな、助かったぜ! でも今度はあっちを狙いだすかもしれねえ、すぐに戻るぞ」


「シャルナク! 悪いが3人頼めるか!?」


「ああ。その前にプロテクトを掛けなおす、何とか耐えてくれ」


 大砲がアークドラゴンの首を直撃し、大きく横に振れた。首がへし折れてもおかしくない衝撃だが、それでも一部が陥没しているだけで、致命打にはなっていない。


「よしケルベロス! 今の場所狙うから、俺の気力絞り取るつもりで頼むぜ!」


 ゼスタが再び立ち向かう中、シャルナクの目の前にはシーク、ビアンカ、イヴァンの3人が倒れている。武器達は無事でも、持ち主が復帰出来なければなす術がない。


「グオォォォ……!」


 アークドラゴンは体を再び左右に回転させて間合いを取り、翼を大きく広げて威嚇する。ゼスタと大砲を構えるバスター達をひと睨みすると、今度は大きく開いた口の中に、炎ではなく光の玉のようなものが発生し始めた。


「ゼスタ、これはまずいぜ! 全員顔の前に立つな!」


「ビアンカのスマウグみたいな奴か! 気力の大砲みたいなもんだ、当たったら死ぬぞ!」


「ひぃっ!」


 バスター達が散り散りに逃げ惑う中、アークドラゴンは体の真正面に向かって閃光を放つ。数秒もしないうちに隕石でも落ちたのかと思われるほどの激突音がし、地面が大きく揺れた。


「なっ、なんて威力だ……即死どころの話じゃねえぞ」


 遥か数百メーテ先の地面へと照射されたアークドラゴンの攻撃は、爆音と煙を生み、大地を抉る。立ち昇る煙と炎に圧倒され、皆はただ呆然とそれを眺めていた。


「ボーっとするな! 次が来る!」


 耳鳴りと共に、再びアークドラゴンが光線を放つ。今度は僅か十数メーテ先の地面へと直撃し、大地の揺れに思わず全員がしりもちをついてしまう。


 吹き飛んだ土が雨のように降りかかり、一体何が燃えているのか、煙がもくもくと立ち上っていた。


「シャルナクちゃん、お嬢が目覚めるばい」


「ん……はっ!? 私、あ痛たた……」


「気がついたか! 良かった。今ケアとヒールを重ね掛けしている、痛みが治まったら教えてくれ。それと軽鎧のプレートの凹みを直すから、少しの間待って欲しい」


「うっ…そ、オリハルコン製のプレートよ!? 潰されるなんて……あ痛たた」


「緩衝構造のせいでもある。次の衝撃に耐えられるかは不安だが、内側から叩いて元に戻す」


ビアンカがパチリと目を開き、シャルナクに状況の説明を受ける。完全に圧されていると判断し、ビアンカは1つ深呼吸をした。


「こんな調子じゃ駄目ね、倒したいなんて願望掲げて戦ってる場合じゃない。グングニル、鎧に応急処置をしてもらったら共鳴させて」


「予定より早いけど仕方ない。さっきから見よるけど、あげな光線まで使われて温存する方が間違いやね」


 ビアンカは頷き、もう痛みは消えたと言って立ち上がる。


「アレス、イヴァンが目覚めたら共鳴で出来る所までやりましょ。シークを封印に閉じ込めるなんて絶対にさせないわ」


「承知しました。イヴァンさんもきっと同じ思いですから」


「私、シークとバルドルの楽しそうでくだらないやり取りを見てるのが好きなの。シーク達を悲劇の英雄なんて、聞こえだけいい伝説で終わらせないわ」


 時間にして僅か1分程だったが、シャルナクは治癒術を唱えつつ、ビアンカの鎧をオリハルコン製のハンマーで叩いて形を戻していく。


「鍛冶を学んだ事がこうして活かせるとは、人生何が役立つか分からないものだ」


「助かるわ、本当に有難う」


 決して安全な距離を保っているとは言い難い。けれどゼスタが上手く挑発し、バスター達が魔法攻撃やおとり、回復魔法を使ってくれるおかげで、シャルナク達には全く注意が向いていなかった。


「シークの代わりに……いや、これは僕の気持ちだ。グングニル、ビアンカ、有難う」


「シークからは直接言わせないとね。さ、終わったら何を奢ってくれるか考えさせといてね。じゃあグングニル、お願い!」


「任しとき、あたしが絶対追いこんじゃるけん」


「シャルナク。あと、頼んだわ」


 ビアンカが黒い軽鎧を再び着た後、少し離れた所で立ち止まる。目を閉じ、深呼吸をした後でゆっくりと目を開いたのは、共鳴したグングニルだった。


「ゼスタちゃん! あたしが代わるけん共鳴しなさい! 一気に畳み掛けて消耗させんと、こっちが負けるばい!」


「ビアンカ……いやグングニルか! 分かった! アークドラゴンの砲撃みたいな光線に気を付けろ、当たったら即死だ!」


「ゼスタ! ビアンカの攻撃が当たってから交代だ! 今のままだと他のバスター達にいっちまう!」


「スマウグでいくばい!」


 ビアンカ(グングニル)が気力の光線を放つ。ビアンカ自体の攻撃もなかなかの威力だったが、共鳴した技の威力はそれを遥かに上回っていた。


 直径1メーテ程もありそうな眩い光は、槍のようにアークドラゴンを襲うと、その巨体の片足を浮かせた。不意打ちでバランスを崩されたアークドラゴンはすぐにビアンカ(グングニル)へとターゲットを変え、先程のように突進を始める。


「何回も同じ手は喰わんばい! フルスイング!」


 ゼスタはアークドラゴンから少し離れ、目を閉じて深呼吸する。共鳴に入るためだ。


「ケルベロス、俺の体がどうなってもいい、シークやビアンカを絶対に守ってくれ。シャルナクとイヴァンの事も頼んだぞ」


「おい、てめえの事を一番守りたい俺っちに言う台詞か? お前の事も守る、当たり前だろうが」


「そうだな、俺はこのメンバーが好きなんだ。俺以上に大切に思ってる」


「その大切なもんを何もかも守るべく、共鳴のために今日まで特訓して来たんだろうが。そう簡単に負けねえよ! さあやるぜ!」


 ゼスタとケルベロスが共鳴した。ゆっくりと足を踏み出したかと思うと、次の瞬間にはその場に残像だけを残し、アークドラゴンの懐に潜り込んでいた。


「業火乱舞!」


 身のこなしが段違いに軽い。ゼスタ(ケルベロス)はガードを担い、かつ手を止めずに攻撃を仕掛けていく。そうしてアークドラゴンを翻弄しつつ、一撃一撃が目で追えない程に素早く執拗に鱗を剥していく。


「キエェェェェ!」


「ケルベロスちゃん! ちょっと退き! 牙嵐無双いくばい!」


「そろそろケルベロスさんと呼べ! 首の付け根を狙え、思いきり抉ってやったぞ」


「ええ仕事やね! 破ァァァ……アンカースピア! 牙嵐無双!」


 共鳴して戦う2人がアークドラゴンに少しずつダメージを与え始めた頃、イヴァンとシークも目を覚ました。額から血を流し、軽鎧に多少の凹みはあるがまだ戦える。


 シャルナクに回復魔法を施されゆっくりと立ち上がる2人に、それぞれの武器が共鳴を申し出た。

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