emergency-06

 

 シークはアークドラゴンに冷気を浴びせ続け、怒りを自身に向けさせようとする。地上のバスター達は高度を下げるアークドラゴンに気付き、じりじりと後退している。


「地面はすぐそこです! 着地しますよ!」


 オレンジ等級がせいぜいのバスター達が立ち向かえる相手ではない。やる気とセンスだけでカバーできるものでもない。実力に加え、装備や経験の問題が大きいからだ。


 キリム達はひたすら目標に向かって戦闘訓練を積んだ。だからこそここに立っている。他の者に戦力になれ、勇敢に立ち向かえと言う方が愚かだろう。


「アークドラゴンの後ろに回って! 前は駄目だ!」


 シークが地上の者達に大声で叫ぶ。


 バスター達が大砲を動かす事を断念し、アークドラゴンの影から抜け出すように走り始める。羽ばたきによって風と土埃が舞い上がり、着地の衝撃が音と共に伝わってくる。


 アークドラゴンは地上に降りてすぐに口を大きく開け、再び口内に炎を生成し始めた。


「イヴァン、シーク! 飛び降りろ!」


 後方から大声が聞こえ、地面に2人が飛び降りる。


無双乱射アローレイン!」


 シャルナクが空高く撃ち放った一本の矢が、空中で無数の気力の矢を生み出した。

それは撃ち出しの速度を殺さぬままアークドラゴンに襲い掛かる。アークドラゴンの真上からは、激しい光が夕立のように降り注いだ。


「シャルナク、こんな技を……」


 シャルナクの口元は笑みを湛えていた。


「気力で攻撃する技が有効だ!」


 ビアンカもその場に追いついた。有効な攻撃を見抜いた5人全員が武器を構え、再びアークドラゴンに対峙する。


「剣閃・吹雪!」


「いい技名だね、気に入ったよ」


 バスター達へと再び炎を吐こうとするのを見て、シークがすぐに妨害のための斬撃を繰り出す。わざとアークドラゴンの顔の近くで水平に振り切って挑発すると、案の定狙いをシークへと変更した。


「シーク、防御だ! 魔法障壁・マジックウォール!」


「ブリザード唱える! アイスバーン掛けるからバルドルは絶対冷気逃がすなよ!」


「もちろん。まったく、自分に攻撃魔法を掛ける魔法使いなんて、君くらいなもんだよ」


「グルルル……ウオオォォォ!」


 空気に穴が開くかのような破裂音と共に、巨大な炎の玉がシークを襲う。


 シークがブリザードで炎の威力を軽減させた直後、バルドルが魔力を解放し、シークをアイスバーンによって氷漬けにした。


 魔法障壁と氷の膜によって守られたシークは、蒸気を身に纏ったままアークドラゴンから距離を取るため飛び退く。その常識破りな戦法を見て、バスター達は大砲の準備も忘れて口をぽかんと開けていた。


 シークは炎の中から焦げの1つもなく現れ、バルドルの刃先を向けている。アークドラゴンは咆哮を上げながら、苛々をあからさまに見せ付けるように片足で土を蹴った。


 その隙を見てゼスタが高く跳び上がる。青白い気力の帯をケルベロスから残像として靡かせ、その気力の刃で2本同時にアークドラゴンの翼の付け根を切り裂く。


「シーク、ありがとよ! 双竜刃斬ドラゴンバスター!」


「よっしゃ! いいぜゼスタ! 確かに気力での攻撃が通じる……おっと」


 ただ、血が噴き出る程までには至らない。翼の付け根が少し掛けた程度に見えた。


「ビアンカ、無理に接近する必要はなさそうだ! 接近戦はゼスタとイヴァンに任せよう!」


「了解! グングニル、悪いけど魔槍を3連続でいきたいの、制御頼めるかしら」


「お嬢の好きなごとしてごらん、あたしらだって坊や達に負けとらんけね!」


「ありがと。あなたは最高の槍よ」


 荒野に閃光や激しい激突音、地を抉るかのような咆哮が響き渡る。黒い翼が大きく広げられ、周囲には時折炎が走る。


 アークドラゴンは胴の長さ程もある太い尾を振り回し、近付く者を叩き飛ばそうとする。時々体を時計周りに回転させて、寄せ付けまいと必死だ。そのため、近接攻撃を得意とするゼスタやイヴァンは思ったように攻撃が出来ていない。


「イヴァン、背に乗れるか! 尻尾を切り落とさないと攻撃がままならねえ!」


「分かりました! アレス、狙う場所を一緒に探して!」


「もちろんです! ズバッといきましょう!」


「私も手伝う! グングニルを突き刺して掴まれるようにするから!」


 アークドラゴンがゼスタへと顔を向けた隙に、ビアンカとイヴァンがアークドラゴンの背に飛び乗る。


 シャルナクがパラライズアローで動きを鈍らせようと援護する中、ビアンカはイヴァンと手をしっかり繋ぎ、イヴァンが振り落とされないようにと手を貸した。


 アークドラゴンは再び背中に乗られて苛々が頂点に達している。背が地面と垂直になるように立ち上がり、体を左右に捻り始めた。


「2人とも危ない!」


「これは隙だ。君の得意なブルクラッシュの出番だよ、シーク。風で僕を包んでおくれ」


「分かった!」


 今なら注意が完全に逸れている。シークはバルドルに魔力を十分に溜め込み、上達した気力制御をもって、アークドラゴンの尾の真ん中付近にバルドルを思い切り振り下ろした。


「ブルクラッシュ・かまいたちなんてどう……」


「エアリアル・ブルクラッシュ!」


「あっ、なんでもない」


「キエェェェ!」


「よし! 切断は無理だけど、バルドルの刀身が埋まるくらいは……!」


「うん、体力を消耗させるだけの戦法だった昔より、格段に良い状況だよシーク」


 シークが斬り付けた場所からは、赤いマグマのように血が垂れる。アークドラゴンは尻尾を傷つけたシークへと振り向き、人間の腕ほどもある牙と真っ赤な口内を見せつけた。


「今までにない行動を取り始めたら気をつけろ! さっきは腕で引っ掻こうとしてきた!」


「分かった! みんな俺の後ろに立たないで!」


 アークドラゴンが毒霧を吐きかけてくる。シークがダークグリーンの煙に包まれると、シャルナクが間髪入れずケアを唱える。


「今のうちに!」


 そうシークが叫ぶと、今度はバスター達が太い縄に石をくくりつけ、投げ縄のようにアークドラゴンへと巻きつけた。とにかくアークドラゴンの注意を全員で引きつけ、その隙に攻撃を挟んで弱らせていくのだ。


 シーク達は自分達だけで勝てるなどと自惚れてはいなかった。モンスター相手に正々堂々など考えてもいない。使える全ての力を使う、それだけだ。


 アークドラゴンの苛々が募っていく。振り落とす、払い退けるなどの攻撃ではなく、次第に噛み付く、踏みつけるといった攻撃に転じる。


「キャッ!?」


「ビアンカさん!」


「大丈夫、少し打っただけ!」


 アークドラゴンが立ち上がっては前足を下ろす動作が幾度も続き、背中に乗っていたビアンカとイヴァンが落下する。


 地面にうつ伏せに倒れた2人は、手に武器をしっかりと持っていることを確認してすぐに起き上がろうとした。


「背を向けるな! 早く逃げろ!」


 だが、アークドラゴンの反応の方が早かった。


「踏みつぶされるぞ!」


 シークが叫び、ゼスタが2人を抱えて逃がすべく駆け出す。


「プロテクト・オール!」


「岩で支える! ストーンバレット!」


 ゼスタの足があと一歩及ばなかった。


 シャルナクとシークは急いで防御を固めるため魔法を唱える。しかし、岩はアークドラゴンの腹で押しつぶされ、すぐ横に倒れていたビアンカとイヴァンの姿は巨体の下に見えなくなった。


「ビアンカ! イヴァン!」


「プロテクトは効いているはずだ、でもこの状態ではヒールもケアも掛けることが出来ない」


「まずい! このっ……退けよ!」


 シークがアークドラゴンの注意を引くように幾度も攻撃を仕掛け、ゼスタが顔の周囲へと攻撃を畳み掛ける。


 次第にそれが煩わしく感じ始めたアークドラゴンは、ゆっくりと体を起き上がらせる。


「岩が残ってる! 影に2人がいるぞ!」


「よし、ゼスタ、アークドラゴンが立ち上がったら2人を抱えて離れてくれ!」


「分かった! ……ってシークまずいぞ!」


「シーク、僕を構えて、間に合わない」


 ゼスタがシークへと叫ぶ。シークがハッとアークドラゴンの動きに気付いた次の瞬間、そこには突進を始めた巨体の姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る