emergency-05


 

「グオォォォ……」


 アークドラゴンの唸りが低い。ゼスタは攻撃の違いに気付き、咄嗟に下を向く。


「炎……じゃねえ! これ毒か!? みんな避けろ! シャルナク、ケアオールを!」


「ブレスが終わったら全員に掛ける! 喰らっても怯むな!」


「尻尾! 来るわ!」


 ビアンカが左翼の付け根から飛び退いた。ただ避けただけではなく、翼を地に打ち付ける動作を見送った後で翼に飛び乗る。グングニルを垂直に翼へ突き刺すと、そのまま技を発動させた。


「アンカースピア!」


 矛先は貫通とまではいかないものの、しっかりと鱗の下の肉まで突き刺さる。溜めの時間と全力をもってすれば、硬い鱗にも勝るという事だ。


「イヴァン、今のうちだ!」


「はい!」


 アークドラゴンが翼を振る動きを見切り、シークとイヴァンもその背に飛び乗る。アークドラゴンは嫌そうに首を捻り、背中へと顔を向ける。


「ケア・オール! 足りない人は言ってくれ!」


「大丈夫だ! チッ、お前の相手は俺だっつってんだろ! 業火乱舞!」


「ゼスタ、目と髭を狙え! こっち向いてねえ時に死角に入るんだ!」


「分かった! 剣……閃!」


 ゼスタが放った扇状の光は、アークドラゴンの髭の先を斬り落とした。挑発に乗ったのか、アークドラゴンが漆黒の翼を大きく羽ばたかせて首を持ち上げる。


「キエェェェ!」


 アークドラゴンは体を大きく振り回し、シーク達を振り落とそうと暴れだす。3人とも攻撃どころではない。ただ振り落とされないようにと、突き刺した武器にしがみ付くのが精いっぱいだ。


「ちょっと! 飛ぶ気よ!」


「まずい、飛び降り……うおぁ!?」


「させねえ! 双龍斬……もういっちょ業火乱舞!」


 アークドラゴンが力強く羽ばたき、太い後ろ足で地面を蹴るように走りながら巨体を空に浮かせる。背には3人が乗ったままだ。


 このまま遠くまで飛ばれたなら、着地した場所では3人だけで戦わなければならない。


「シーク! ビアンカ、イヴァン! くっそ、この位置からどうしろってんだ……」


「撃ち落とすぜシャルナク! パワーショットで翼を狙え! 角度30度だ!」


「速度があり過ぎる! 狙うから溜めさせてくれ……パワーショット!」


 アークドラゴンは赤黒い腹を見せながら、あっという間に100メーテ以上の高度まで上昇した。旋回、逆さま、あらゆる体勢でシーク達を振り落とす気だ。


「ぐっ……振り落とされ……んなよ!」


 きりもみ回転をしても振り落とされない3人にイライラしたのか、アークドラゴンは地上に向かって炎の弾を幾つも吐く。


 幸い燃え広がるような物はないが、もし町や村の上を飛ぼうものなら、一瞬で消滅させてしまいそうだ。


「君が僕でアークドラゴンを振り回しているという可能性は?」


「こんな時こそ心を読んで正確に理解してくれ……よっ!」


 アークドラゴンは封印地の上空を旋回するように飛び、まだ幸いどこかへ飛んで行こうとはしない。飛び去る前に一刻も早く地上に降ろさなければならない。


 地上からはシャルナクが放ったパワーショットと、痺れ矢のパラライズアローが襲い掛かり、棘の生えた尻尾の付け根には2本の矢が突き刺さっている。


 巨体に痺れ矢の数本程度、気休めに等しいが……それでも今は心強かった。


「この状態で……気力込めるわ! 流星槍で翼を突き破る!」


「そんなことしたら落ちるぞビアンカ!」


「もしもアークドラゴンの体から離れたら、落ちる前に共鳴しなさい! あたしが綺麗に降りちゃるけん! いくばい!」


 ビアンカが気力を込め、グングニルの矛先が青白い炎に包まれていく。


 ビアンカはグングニルの柄を抱きかかえたまま、しっかりと気力を溜める。そして翼をそのまま破るつもりで技名を口にした。


「流星……槍!」


 ビアンカの技が発動し、爆発でもしたのかという程の衝撃が伝わってくる。ビアンカ渾身の一撃は、漆黒の翼の付け根を抉った。


「やった……ってキャァァー!」


「えっビアンカ!?」


 グングニルを突き刺していた部分が失われ、ビアンカが地上へと落下していく。


 ビアンカはグングニルを握りしめてぎゅっと目を瞑り、恐怖と戦いながら祈る様に共鳴に入ろうとする。


「お嬢!」


「お願い!」


 空を斬り裂く音を体中に纏いながら、ビアンカとグングニルは落下する途中で共鳴を成功させた。そのままグングニル本体を思いきり回転させた後、矛先を地面に向け、一直線に降下する。


「すげえ……」


 遥か下を眺める余裕のないシークとイヴァンは、振り落とされないようにしがみついたままだ。片翼が抉れたためかバランスの悪いまま、アークドラゴンはふと西の方へと視線を向ける。


 薄目を開けている事しかできない2人は、その視線の先の光景に「まずい」声を漏らした。


「村……アークドラゴンが村を見つけた!」


「まずいです! 何とか飛行を止めさせないと!」


 そうは言ってもこの状態では動く事が出来ない。鱗はつるつる滑り、掴んで体を支えるのは難しい。


 かといって武器を引き抜けばそのまま落下してしまう。そうなればアークドラゴンは野放しとなって、手の付けようがなくなる。


 シークの頭には、ここで封印術を発動させようかという考えがよぎる。まだろくにダメージを与えていないが、封印すればアークドラゴンは地上に落ちる。


「シーク、まだ駄目だ」


「でも!」


「魔法でとにかく妨害するんだ! この状態ならアークドラゴンは君達を攻撃できない。意識を逸らすんだ」


「分かった、翼を凍らせてみる! アイスバーン! ……ブリザードォォ!」


 シークは魔力を十分に込め、アークドラゴンの抉れた左翼を凍らせた。筋肉を冷やし、動きを止めようという作戦だ。ドラゴンは見た限りでは爬虫類。寒さには弱いと考えたのだろう。


「グルルル……」


「嫌がってます、効いてますよ!」


「シークさん、ボクにもブリザードを掛けてくれませんか!」


「なるほど、アレスの剣先から体の内部を冷やすんだね、分かった! バルドルもいくよ!」


「うん、やってみよう」


 アークドラゴンは翼が凍り、慌てて羽ばたいてその氷の膜を砕き散らす。凍らせて墜落させるのは無理だったが、それでも高度は落ち始めた。


 アークドラゴンの羽ばたきがぎこちなくなり、空を登ろうともがいているようにも見える。


「もう一度ブリザードとアイスバーンでいこう! 村まで行かせたら駄目だ!」


「シーク、僕達で……っ!?」


 バルドルが何かを言いかけた瞬間、アークドラゴンがビクリと体を大きく震わせた。同時に正体不明の黒い塊が右翼部分を突き破る。


「ギエェェェ!」


「な、何だ? 今の……」


 シークとイヴァンだけでなく、バルドルとアレスさえもその正体が何か分からない。ただ怒り狂って叫ぶアークドラゴンの背で、右翼の先端が失われた様子を呆然と見つめていた。


 何かがアークドラゴンを攻撃した、それが分かったのは地上から2発目が飛んで来た時だった。


「大砲だ!」


「砲弾……見て下さい! 地上から支援のバスターの皆さんが!」


 シーク達が背に乗っている事に気付いているかどうかは分からないが、地上には砲台をアークドラゴンに向けたバスター達の姿があった。


 アークドラゴンを撃ち落とすべく砲撃したのだ。


「グオォォ……」


「まずい炎を吐く! アイスバーン! ブリザード!」


 アークドラゴンが地上のバスター達へと狙いを定め、大きく口を開く。地上に魔法障壁を唱えられる者が2人いるとはいえ、無事で済むかは分からない。


 出来る限り阻止しようと、シークはアークドラゴンの頭部を氷漬けにした。


「高度下がってます! 降りる気です!」


「応援の皆を襲う気だ! 降りたらすぐに俺達に狙いを向けさせる!」

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