Top Secret-12
バルドルの問いかけは、アークドラゴンを倒す覚悟よりも重かった。
倒せなかった時、つまり最悪の事態が起きた時、シークはやられて死ぬ事すら許されない。死闘はゼスタやビアンカに任せ、自分は身を守りながら戦うという事でもある。
「シーク、君は責任感が強く、心優しくもある。そんな君が絶対にやられてはいけない存在として、仲間に庇ってもらう立場になる。覚悟できるかい」
「……でも、そうしなきゃ。どのみち俺はバルドルと旅を続けられないのは嫌だ。君に魔力を込めるのはやめない」
シークはこの様な時、心配になるくらいに物分かりが良い。バルドルとは捻くれた掛け合いをするような冷めた性格のくせに、行動はまるで逆だ。
シークはアークドラゴン退治を他人に任せようなど考えてもいない。自己犠牲などという感覚すら持ち合わせていない。それは決して手柄を自分の物にしたいだとか、名声を更に上げたいという願望のせいでもない。
借体で命を繋ぐ事は、あくまでも倒せない時の仮定の話だ。シークは仮定に怯えるつもりがなかった、それだけだ。
「僕のためを思っての事なら、それには及ばない。僕ほど芯の強い『物』はないからね、気にしないでおくれ」
「今そんなに……難しく考える必要ある? 今から特訓を頑張るんだよ? それに『俺の魔力で完全に共鳴出来てたら』なんて後悔したくないだろ」
まだ事態は差し迫っていない。それなのに事前の選択を深刻に悩むのは難しい。それもシークが即断できた理由の1つだ。
それでもバルドルはシークの覚悟を受け取った。シークは一度言った事をやっぱり嫌だと言い出す性格ではない。バルドルはもう分かっていた。
「分かった、君はそういう人間だ。僕が不安に思う必要はなかった」
バルドルはチラリとシークの心の中を覗く。シークの思いが口先だけではなく、言葉通りであることを知って少し自信も湧いた。そしてやっぱり自分の考えは正しかったと確信した。
口を挟めずに見守っていたゼスタ達もホッと一息つく。ゼスタは両膝をポンッと叩いて立ち上がった。
「さ、そろそろ外に汗掻きに行くか!」
「そうね、行きましょ!」
「大丈夫です、ぼく達もいますからね! シークさんとバルドルだけじゃないですよ」
「そうだな。1年後のわたし達をみくびってもらっては困る」
「あ、ちょっと待って」
皆が安堵の表情で立ち上がったところで、今度はシークが皆を引き留めた。シークはバルドルに、先程の覚悟の中でふと気になった事を尋ねる。
「……バルドルは俺に見つけられる前、アダムの魔力が抜けたって言った事があったよね。今喋る事ができているのはどうして?」
バルドルは以前、アダムの魔力が抜けてしまったと言ったことがあった。その理由を説明してもくれたが、そうなると先程の話に矛盾が生じることになる。
「バルドルはアダムの魔法で喋ってる。俺の魔力を使わなかったら……そもそも封印出来ないって事だ」
「出来れば気づいて欲しくなかったのだけれど……説明しなくちゃ駄目かい」
「じゃあ隠し事をしたまま、全力で共鳴しろと?」
「おいおい、この期に及んで隠し事か?」
「私達は何言われても非難しないし、今更考えを変えたりしないから。ちゃんと全部言ってよ」
皆は再びソファーに座る。武器達はおおよそ分かっているようだ。観念したのか、バルドルはシークに事の真相を語り始めた。
「アダムは僕の中から抜けたのは、封印するための魔力だけと言っていた。鍵にされた人に施した解呪の魔法と、僕に施した封印の魔法は、両立させようにも相性が悪かったんだ」
「えっ、それじゃあそもそも封印出来ないじゃん! バルドル、理由は分かんないけど、何かまだ隠していて、自分だけ犠牲になればいいなんて思ってないよな」
「アダムの魔力なら、レンベリンガ村でもう一度込めてもらったよ。僕は君の力で喋って、力を発揮できればいいと考えている一方で、君を犠牲にしたくなかったんだ」
「とすると、俺に拒否される事を想定していたって事だね。あるいは魔力の入れ替え自体を黙っていようと思った事がある」
アダムの魔力を使って封印したところで、結局は僅かな時間稼ぎにしかならない。とはいえ、シークを守る道が完全に絶たれると決まった訳ではない。
バルドルはシークと一緒に旅をする中で、この青年を封印に縛り付けるのは惜しいと思ってしまった。
「バルドル。倒せなかった時の事を考えているうちは、アークドラゴン退治なんて出来ないよ。そんな弱気な聖剣でカッコつくのかい」
「僕がどれだけシークの事を大事に思っているのか、僕がどれだけ君と一緒に旅をする事に心地良さを感じているのか。僕は……僕は君を守るためならアークドラゴンと戦わなくてもいいと考えてしまうくらい……」
「バルドル坊や、あんた……」
シーク達はバルドルがなぜ時々肝心な事を言わずに隠すのか、ようやく分かった気がした。
シークにとってのバルドルは、崇める聖剣でも、拾ってしまった厄介なお荷物でもない。旅と戦いの中でなくてはならず、代わりのいない相棒だった。
バルドルはシークと出会ったことで、使命など投げ出してしまいたいと思ってしまう程、楽しい毎日を送る事が出来た。
バルドルは完全には踏み込んでこないけれど、かといって気を遣わないシークの姿勢がとても合っていた。シークは武器である事を忘れて欲しい物を要求し、戦いたいと駄々を捏ね、「バルドル」としてやりたい放題でいることを許してくれた。
そんなシークをアークドラゴンのために利用しようとする……いや、利用しなければならない自分に耐えられなくなっていたのだ。
「バルドル」
「……僕に魔力を込めてくれるのは凄く嬉しい。君のものとしてしっかりと『峰を張れる』からね。でも」
「バルドル。俺もバルドルが凄く大事だよ。バルドルと旅を続けたいから、君を封印に使う気はない。俺はもし何かあったらアダムの後を継いでもいい。その時は君も道連れだ、それでいいじゃないか」
「そんなに簡単な話じゃないだろう? もし次の勇者が現れなかったら、君は……何代もの勇者をただ見送るだけになる」
「君と一緒にね。嫌なら俺を全力で強く育ててよ、無理だった時は一緒に次の勇者を待とう、それで決まり。さ、行こうか」
シークはバルドルのこれ以上の弱気を強制的に止めた。「強くなればいいだけの話」と言ってニッと笑ってみせる。
シークを思っての大きく深刻な悩みだったはずが、いつの間にかシークのおかげでずいぶんと軽いものになっていた。バルドルが抱えていた半分は、シークがひょいっと持ってしまったようだ。
「まったく、シークの楽観的な考え方には降参するよ。そうだね、退治出来なかったら出来なかったで、また暫く君と旅を……って、あっ」
「ん?」
バルドルが何かを思いついたように声を上げる。その声は今までの覇気のない物とは違い、周囲の空気の隅々まで響き渡るような清々しい声だった。
「いや、とてもいい考えを思いついちゃったんだ! でも、これは不確実で教えられない。僕のやる気だと思って秘密にさせておくれよ」
なぜ借体が必要なのか、なぜ自分がシークと共鳴できるのか。それを考えた時、バルドルの「本体」が封印に使われない場合に出来そうな事が1つあったのだ。
バルドルは何なのかと不審がる皆に、その内容を明かさない。ただこの方法なら封印どころか万が一の際にシークを助けられると期待を抱いていた。
そして調子の外れた鼻唄……それとも峰唄とでもいうべきか……を刻みながら、シークの背中に担がれて応接室を後にした。
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