Top Secret-11



「バルドル、ちゃんと言おうよ。シークさんと旅が出来なくなるのは嫌じゃないの? ぼく達がそうならないように強くなればいいんだ」


「シーク様が覚悟する機会を奪って、それで良いのですか? シーク様は真実を知っても、魔力の入れ替えを拒むような人ではありません。バルドルの事が大切だと思いますよ」


「……だから、僕は言えなかったんだ」


「えっ?」


「ただの呟きさ」

 

 イヴァンとテュールに諭され、バルドルは小さく分かったと呟く。イヴァンはそれ以上何も言わないで部屋へと戻っていった。





 * * * * * * * * *





 田舎の朝は早い。シークとイヴァンは早朝6時に起床し、6時半にはギリングへと出発した。父親は畑に出ていて、チッキーもすでに起床している。


 シーク達は戻るつもりがないのか、荷物を全て鞄に詰めていた。


「行ってきまーす」


「シークのお世話をどうもね」


「バルドルもお世話してもらったろ。布団、お風呂……」


「おっと、そうだった。僕のお世話もどうもね、『お母』さん」


 シークが片手を、イヴァンが両手を大きく振って別れを告げ、霧が立ち込める村内の道を歩き出す。シークの母親もチッキーも、また暫く戻ってこないのだと分かっているのか、見送る声が寂しそうだ。


「やっぱりシークさんの家だと落ち着きます。町の宿やビエルゴおじさんの家にいた時は、外の煩さや忙しさで肩身が狭かったので」


「気持ちは良く分かるよ。アスタ村は裕福じゃないけど、長閑で過ごしやすい。やっぱりバスターを引退したら村での暮らしに戻りたいなって思う」


「ちょっと待っておくれよ、長閑な引退生活だって? 冗談じゃない!」


 今日は昨日とは違ってバルドルのお喋りが活発だ。悩みが解消したのだろうと軽く考えているのはシークだけで、イヴァンとアレスはバルドルを心配していた。


「でもバルドル、俺がおじいちゃんになったら、流石に戦う事なんて出来ないんだよ。何をしてもすぐに疲れるんだから」


「疲れるのは好都合。共鳴しやすいし、代わりに体を動かしてあげるよシーク」


「老体で無理したら戻った時に死んじゃうよ……」


「だからと言って、あの不味いポーションとやらを飲んであげる気にはなれないね」


 シークとバルドルの掛け合いが続く。イヴァンとアレスも互いに仲の良い友達だと認識していたが、シークとバルドルの関係はもっと深く見える。本当に一心同体で気の合う相棒なのだと、微笑ましさを覚えていた。


「2つとも……おっと失礼でした、お1人と1つとも、本当によく会話が続きますね。賑やかしくて聞いているだけで笑いが出ます」


「アレスも分かるだろう? このシークの減らず口」


「君に言われたくないよ、バルドル。たまにはさ、持ち主である俺を労わるとか、体調を気遣うつもりはないのかい」


「元気そうだから余計なお世話になりそうだ、止めておくとするよ」


「ほらね」


 シークとバルドルの会話に、時々イヴァンとアレスは笑い声も出る。2時間弱かけて着いた管理所の前には、既にビアンカ、ゼスタ、シャルナクが集まっていた。


「おはよう、みんな」


「おはよう、シーク、イヴァン。朝から1時間以上歩かせちゃって悪いわね」


「あの、僕とアレスにもおはようが欲しいのだけれど」


「おはよう、バルドル、アレス」


「どうもね」


「おはようございます、皆さま」


 シークとイヴァンは3人を見て首を傾げた。シャルナクがしっかりと防具を着ていたからだ。それはすなわち、シャルナクが管理所やビエルゴ達を説得できたという事になる。


「シャルナク、俺達と一緒に来てくれるんだね」


「ああ。年長者としてイヴァンだけを行かせるつもりはない。アルジュナが認めてくれた者として、最終的には管理所が折れてくれた。アルジュナが共鳴の事も全て話してくれたんだ」


「まあ、自覚はなくとも3つ星バスターの頼みだからな。バスター協会本部の決定と同じ効力なんだと」


「ああ、特権ってやつだね。あまり振りかざしたくないから、今後はヒッソリ目立たず行動したい……」


 最上級の防具を身に纏ったバスターが5人も集まっている。しかもそのうち3人は3つ星バスターで、残り2人は獣人。目立って仕方がない。


「そう思うならこんな目立つ所じゃなく、さっさと中に入ろうぜ」


「ぼ、ボクのせいでシャルナクが悪く言われちゃうの……?」


「そんな事にはならない。アークドラゴン討伐を出来るのは、わたしとアルジュナが組むからだ。誰が許さずとも、認めずとも、真実は感情に左右されない」


 シャルナクの硬い喋り方は、アルジュナの気持ちを上手く浮上させる。アルジュナは珍しく明るい声で「それなら良かった」と呟く。


 レイダーのお喋りにつられ、気分が沈む暇がなかった頃も良かったが、シャルナクとアルジュナの落ち着いた雰囲気もまた、名コンビの匂いがする。


「アルジュナ、君の『笑声えごえ』は初めて聞いたよ」


「笑声ってなんだよ、ほら早く中に入ろう」


 受付でシャルナクがペコリと頭を下げ、打ち合わせのために部屋を借りたいと申し出る。


 これから魔力や気力の込め方を打ち合わせ、とにかく疲れるまで気力や魔力を使ってモンスターを倒す。他のバスターについて来られ、一部始終を知られても困る。職員は空いている部屋を好きに使っていいと言ってくれた。


「わたしはまだ職員の身分にあるんだ。無給休暇というらしく、給料は貰えないが退職ではないそうだ」


「へえ、そんなものがあるのか」


 応接室に入り鍵を掛けると、シーク達はもう一度魔力や気力での上書きについておさらいした。


 彫られた術式がそのまま残っていれば、共鳴した各武器達がアダムの名前を削り、持ち主の名前を刻み直す。そして本体に力を注ぎ込む。


「なんだか、手順を確認してみると難しくなさそうだよな」


「むしろアダマンタイト製の頑丈な武器に、どうやって刻むんだっていうね」


「テュールを鍛え直した際の道具を、ビエルゴおじ様から借りて来た。後で工房を借りられるように手配している」


「さすが、手際がいいな!」


 ビアンカとゼスタが元気よく席を立つ。シークもニッコリと笑い、イヴァンとシャルナクを促してバルドルを背中に担ごうとする。


 バルドルがそれを制止した。


「……1つだけ、僕の思いを聞いてくれるかい」


「どうしたの? 何か気になる事があるのかい」


「……まあ、そうだね。気になっているのは確かだ。みんな、アダムが亡くなれば僕達が喋る事は出来なくなる、だからこれから上書きをしてくれるんだよね」


 バルドルは今更とも思える確認をし、皆は当たり前だろうと笑いながら頷く。


「僕には封印の術式も彫られている、それも知っていると思う。いざという時、僕は封印の鍵になる」


「……知ってるよ。そうならないように、アークドラゴンを倒そうとしているんだから」


 イヴァンはバルドルがこれから話す内容を知っている。察している武器達も喋らない。アルジュナもバルドルがきちんと話すつもりになったと安心し、見守っている。


「分かっていないよ。君は……君だけは皆とは違うんだ」


「えっと……ごめん、何が?」


「シーク、君は僕に魔力を込める事で、万が一の際にはアダムの代わりをしなくちゃいけないんだ」


「アダムの代わり? そうか、借体……! 俺が死んじゃったら、バルドルの魔力が抜けて封印が解けてしまうんだ」


 シークが事実に気付き、ゼスタとビアンカもハッとした。シャルナクの反応が薄いが、実は昨晩、シャルナクもアルジュナから話を聞いていた。


「君にはその覚悟があるかい。借体で生き続けなければならない可能性を踏まえて、それでも僕の刀身に君の名と魔力をくれるのかい」

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