Landmark-09

 

 男は2人の警備員に声を掛け、門を開いた。塀の外に出るには、必ず3人で行動をしなければならないからだ。


 シーク達が後に続くも、男達は数分も経たずに足を止めた。デコボコした地面の一部の草と土を払い、指し示す。


「……地面に、扉?」


「そうです。ここは周囲より低く、陰になっています。おまけに木や草に隠れたなら分かりません。監視の隙をつき、夜中にでも掘り進めていたようです」


 扉を開けるとそこは通路になっていた。覗き込めば、人がしゃがんで歩いて通れる程の幅がある。ここから墓の下まで掘り進め、棺の底を外し、ロープなどを巻いて遺体を引っ張り出したのだろうとの事だった。


「古典的というか……でも確実ね」


「これなら時間はかかるけど、警備が厳重な地上よりは近づきやすい」


 通路はかなり古い。木製の扉は朽ち始めていて、通路の支柱となった木枠も腐っている。


 アダム・マジックの遺体を盗んだのは、魔王教徒で間違いなさそうだ。武器達がイヴァンからアダム・マジックの魔力を感じ取った事とも辻褄が合う。


「管理所からの連絡で墓を盗掘されたと分かった時、我々、それと過去数十年以内にここにいた者がまず疑われた。魔王教徒との繋がりを中心に、聴収を受けたよ」


「まあ、当然と言えば当然なんですがね。それに、盗掘に気付かなかったという点でも責任がありますから」


 情けないと頭を掻きながら、男は砦に戻ろうと告げる。墓の跡と慰霊碑を守っているだけだと自嘲する姿が物悲しい。


 そんなシーク達の想いを代弁する気があったのかは分からないが、バルドルはいつもの調子で少しズレた気遣いを見せる。


「少なくとも盗掘に関しては『濡れ鞘』だし、アダムはそもそも死んでいるから殺される心配もないんだ」


「あー……えっと、バルドルはつまりあなた達に気を落とさないでと」


「あ、ああ、はい。有難う」


「それより、村の跡地ってこの近くですよね。何か手がかりがあるかも」


「この砦のすぐ裏ですよ。と言っても、村がなくなって数十年経ちますから、残っているのは建物の土台くらいです」


 それでもいいと告げ、シーク達はひとまず警備の男達と別れた。


 湖を囲むような草原と、その更に外を囲む白樺の森。この地を捨てて町に移住したのは勿体なくも感じる。


 砦の裏の少し北には、背丈ほどの崩れかかった壁があった。男達の言った通り、もう建物として残っているものはない。


「手掛かりって言っても、何かあるかな。アダム・マジックの生家があったとは聞いてるけど、保存もされてねえみたいだし」


「バルドル、生前のアダム・マジックから何か話を聞いたりしていないのかい」


「行動を共にしていた訳じゃないからね。彼の故郷は白樺の森と、湖がある美しい村だった、くらいしか」


「そうか。生家がどれかも分からないね」


 家々の跡を見て回るも、特に目立ったようなものはない。アダム・マジックが住んでいたという家も、その後は別の村人が使ったはずだ。遺品はないだろう。


「魔王教徒が荒らしまわった訳でもねえんだよな? 普通に移住して捨てた村なんだから、まあ手掛かりっつったって何もないよなあ」


「遺体がなければお墓参りにもならないし……。村の共同墓地の跡を見ても仕方ないわ」


 そう言いながら、ビアンカはグングニルの石突いしづきで地面をトントンと叩いた。


「お嬢、ちょっと待ってん。この下に何かあるばい」


「え?」


「この下で音が響くんよ、地下室か、貯蔵庫か、何かあるばい」


「地下室?」


 3人は顔を見合わせる。あまり漁りまわるのは気が引けると言いながらも、床の瓦礫を払いのけた。


「入り口は……ここかしら」


 現れたのは、木製の四角い板だった。板をはぐるとそこには階段がある。シークは弱くエアロを放ち、空気循環も兼ねて中に何かいないかを探った後で足を踏み入れた。


「結構広いな」


「食糧庫か、モンスターからの避難に使われた部屋ってところか。朽ちかけてるけどベッドもあるし……本棚もある」


「もしアダム・マジックの家の地下室がそのまま残ってたら、アダム・マジックの手掛かりが1つくらい残っているかも」


「他もまわってみよう」


 シーク達は地下室があれば調べて回ることにした。


 ゼスタやビアンカと手分けしようにも、野宿で使うランプ1つでは大した明かりにならない。ライトボールを唱えられるシークが頼りだ。


 大小はあれど、各戸の地下室には色々な物が残されていた。全てを持っては移動できなかったのだろう。


「バルドル、何か分からない?」


「んー、ここにあるものは随分古いね」


「それだけ?」


 シークの目には見えていないがバルドル達には見えている……という事はないらしい。シークがライトボールを打ち上げなければ、バルドルも辺りを見ることが出来ないようだ。


 シークがずいぶんと埃をかぶった棚から、1冊の本を取り出す。保存状態がいいとは言えないものの、シークは手に取ったそれが何か、すぐに分かった。


「魔術書……」


「まさか、僕からその魔術書に持ち換えなんて考えていないよね」


「魔術書を片手に魔術書をもう一個持って、何が出来るんだよ」


「それを聞いて安心したよ」


 相変わらず緊張感のない会話をしつつ、魔術書をペラペラと捲る。そしてシークは「あれ?」と呟いた。


「この魔術書、作りかけだ」


「そうかい? あっちには武器……の作りかけがあるけれど」


「えっ、武器もあるの? ここって……装備屋? こんな村で装備売るような事ってあるかな」


「まさか、僕からその作りかけの剣に持ち換えなんて考えていないよね」


「バルドルを片手にもう1本剣を手に入れてどうするのさ。……いや、二刀流って手があったか」


「そんな手はないよ! ああもう、シークってば酷い!」


 バルドルを軽く小突き、シークは他に何かないかと漁り始める。作りかけの武器、完成されていない魔術書、それらが無造作に置かれていて、すぐに使えそうなものはない。


「ねえ、バルドルって、アダム・マジックに作られた訳じゃないんだよね。その更に前のアークドラゴンとも戦ってるんだし」


「うん、僕を作ったのはもっと昔の鍛冶師だよ」


「ここって……もしかしたら、アダム・マジックの家だったりして。その時のものが残ってるんじゃないかな。バルドルは、アダム・マジックの魔力で喋れるようになったって言ってたよね。その実験の場所なんじゃ」


「僕には……確かにアダム・マジックが術式を彫って、魔力を込めた。それで次第に喋れるようになったのは本当」


 術式が彫られた武器、剣が描かれた魔術書、そんなものが色々と置かれていて、バルドルに似た武器もある。アダマンタイト製ではなくても、形はそっくりだ。槍、盾、双剣もあり、バルドルやケルベロスの代わりとも見て取れた。


「君にそっくりだね……って、静かだけどどうしたの?」


「いや、ちょっと思う所があってね。個性や『個物』の尊厳についてちょっと悩んでいたところ」


「あーえっと……」


 シークはどことなく落ち込んだ様子のバルドルに気付いた。少し考えた後、散策をいったん中断して地上へと戻る。


 流石に自分と同じような剣が量産され、代替え品のように並べられていたならいい気はしないのだろう。


「バルドルと同じ剣がいっぱいあっても、君の代わりはないよ。一応、気にしてるようだから言っておく」


「お気遣いどうもね。あの……人間としての意見を求めたいのだけれど」


「何だい」


「僕だから自分の意思を持つことが出来て、僕だから喋れたのか、それともただ成功しただけなのか、どう思うかい」


 シークはバルドルの鞘をポンポンと叩き、そして優しい口調で囁く。


「どの武器が喋ったとしても、バルドルは君だけだよ。俺の聖剣は今を生きる君だけさ」

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