Landmark-10
その答えが最善だったのかは分からないが、バルドルは少し嬉しそうな声色で「それはどうもね」と答えた。
バルドルは、「聖剣であること」以外に価値がないとは思いたくなかった。
だからこそバルドルは、シークがわざわざ「俺の聖剣は」と言ってくれたことが嬉しかった。他人にとってどうであれ、シークにとっては聖剣とはバルドルを指すのであり、他はそうではない。
自分が聖剣である事に何よりも誇りを持っていたバルドルは、それが自分への正しい評価ではない事に今更気付いたのだ。
「アンデッドになったアダム・マジックはどうかな。器はアダム・マジックで、中身は……人間の考えだと一体何になるのかい」
「例えば人の形をしていたって、君と共鳴している時の俺はバルドルだ。テュールは鎌に生まれ変わってもテュールだった。中身がアダムなら、アダムだよ」
「成程ね」
「反対に君と同じ形をして、同じ成分であっても、『本剣』が君じゃなかったら、それはバルドルじゃない。テュールと同じ盾を複製しても、それはテュールじゃない」
「シーク、君は時々……いや、時々の半分くらい、とても鋭い事を言うね」
「バルドルに褒められるとはね。時々の……半分くらい珍しい」
シークは感情を込めたような言い方は苦手なくせに、優しさには長けている。口に出した気持ちはそのほんの一部分でしかない。
シークは慰めで思ってもいない事を言ったりはしない。確かに大事なのは中身だとバルドルも心で頷く。
「アダム・マジックって、若い頃の肖像画がないんだ。写真も珍しい時代だったし。何か残ってないかな」
「ん~、僕が描いてあげられたらよかったのだけれど」
「ははっ、そうだね。描いてもらえないのが残念だ。さて、と。ゼスタ、ビアンカ!」
「えー? 何ー?」
「こっち来てー!」
シークが2人に呼びかけ、再び地下室に入っていく。ライトボールを使えない2人は、主に地上を探していた。
「中に入ってきて」
「えっ、やだちょっと怖い、何か出てこない?」
「既に降りてる俺はどうすればいいんだよ……」
ゼスタが先に降りて、念のためと言ってケルベロスを扉の外に置く。外を見張らせるためだ。
「この家、多分だけどアダム・マジックの家だったんじゃないかな。魔術書の作りかけや、武器の作りかけがいっぱいある」
「えっ、後の家の持ち主が、その頃の物を保管していたって事?」
「多分。地下室を使わなかったか、処分しなかったのかも。バルドル、ケルベロス、グングニル。君達が意思を伝えられるように魔力を込められたのはここかな」
「もしかしたら、他にもいい武器や強力な魔術書があったりして」
「覚えてねえな。ったく、見ろよこの我が主の無神経さ。酷いと思わねえか?」
勿論、ゼスタがケルベロスから他の双剣に持ち替える事などありえない。ケルベロスとゼスタは、信頼しつつも思ったことを遠慮なく言い合うタイプのようだ。
「君達はとてもお似合いだよ。僕とシーク程ではないけれど」
「あんたらどっちも大差ないっちゃ。ほらお嬢、こけんようにちゃんと縁に掴まって降りなさい。ちゃんとあたしを杖のように、そう」
「お母さんか」
「持ち主をしゃんと導いてこそ一流の武器やろがね。自分のことばっかり考えとらんで、坊や達の役に立たんかね」
ケルベロスもグングニルも、本当の自分が何かなど悩んでもいない。周りに武器の作りかけがあろうと気にしない。
置いてある双剣を見つけては「俺っちの方がいい」と言うケルベロス、置いてある槍を見本に、そもそも槍というのはと説明を始めるグングニル。
そんな中で、やはりバルドルだけが言葉も少なく大人しかった。
* * * * * * * * *
「魔王教徒や死霊術に繋がる手掛かりはなし、か。ここであんまり悩んでても仕方ねえし、アークドラゴンが封印された場所を確かめに行くのが急務って感じか」
「そうね、魔王教徒は村の跡地を荒らしていない訳だし」
辺りが暗くなり始める頃、シーク達はいったん砦に戻る事にした。
アダム・マジックの家だったと見られる場所には、確かに貴重なものが幾つかあった。研究途中だった魔力を引き出すため、改良を重ねていく過程の術式、更には様々な武器に彫られた、バルドル達と同じ術式だ。
どれも魔法や伝説武器の研究に大いに役立つ。
ただ、それが魔王教徒や死霊術、更にはアークドラゴンの謎を紐解くものであったかというと、そうではなかった。
……ビアンカが跡地から持ち帰った古い本の中に、過去の肖像画を見つけるまでは。
「ねえ見て、これ……当時の様子よね? ほら、やっぱり勲章を贈られた時の様子ですって。岩の化け物を撃退せし英雄たち」
「岩……ゴーレムを倒した時の様子やね。あたしは覚えとるばい」
「おっ、じゃあ貴重な資料だな。この顔は……誰もが知ってる勇者ディーゴだ。とすると他の4人がデクス、マニーカ、アンクス、ネイラ。うん、間違いない。んでもう1人がアダムか」
「ああ、これがアダムだ。この時は俺っちはもう封印の中だったな。最後に見た時より髪が伸びてるけど間違いねえ」
アダム・マジックの若い頃の様子が分かるとなれば、それにシークが食いつかないはずはない。何せ魔法の開発者であり、魔法使いが崇める神にも等しい人物だ。
「見せて見せて! え、どれ?」
シークは嬉しそうな顔から一転、不審そうに顔を近づけて確認する。
「俺達が教科書で習った肖像画と全然違う……まるで別人だ」
「この顔はアダム・マジックで間違いないね。もうちょっと太っていた気もするけれど」
「まあ、肖像画っちいうのは少し良かごと描く傾向にあるけんね。雰囲気が違うのは仕方なかよ、ガッカリしなさんな」
シークが2人と3本に笑われる。憧れの人物の肖像画が、知っているものより酷く描かれていると思われたのだ。
しかし、シークは明らかに別人だと言い張った。宿泊所を出て、砦の事務室で資料を借りた後、また部屋へと戻ってくる。
「みんな、俺達魔法使いがアダム・マジックだと教えられているのはこの人」
シークが指で示した個所に写っていたのは、凛々しい老紳士だった。髪が短く、背も高い。肖像画よりもハンサムだ。
白黒のため髪や目の色までは分からないが、先程見た肖像画とは明らかに違うと、直感で誰もが分かった。
「えっ? うそ! でもグングニルはさっきの肖像画がアダム・マジックだって」
「あたしは嘘なんかついとらんよ。バルドル坊やもケルベロスちゃんも知っとるけんね」
「聖剣の名にかけて、シークが言うアダム・マジックは別人だと断言出来るね」
「……じゃあ、この墓に埋まっていたのは……どっち?」
予想外の展開に、皆の胸がドキリと鳴った。3人は誰も埋まっていない墓標の方へと顔を向ける。資料が保管されているのなら、シークが知っている顔のアダムが墓に埋葬されているということだ。
バルドル達が本人だと主張する肖像画は、一般的な成人の身長程度だったとされるディーゴ達と比べ、やや背が低い。おでこも幾分広く、ローブを着ているせいで体型は分からないが、頭身が全く違う。
老紳士というよりは、気の良さそうなおじさんだ。
「シークが言う方のアダムが埋葬されてた……ってことだよな。資料に残ってる方のアダムだ」
「じゃあバルドル達が知ってるアダム・マジックはどこ?」
まさか亡くなった後、その遺体を公開する習慣などない。大抵は亡くなれば棺に入れられ、祈りを捧げられ、墓地に埋葬されるだけだ。近年は火葬が増えていて、この世界においては本人か別人かを後で確かめる手段は殆どない。
「……分からない。僕達が知らない何かがあった、としか分からない」
「だとすると、あの村の家にはどっちのアダムが住んでいたのかな」
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