Landmark-08


* * * * * * * * *




 ノースエジン連邦は人口も少なく、森や海岸線などは手つかずの自然が多く残る。バスターを雇うか、もしくは自力で散策できるのであれば、この季節は行動しやすい。


 アダム・マジックの墓は、観光代わりに寄るバスターも増えるのだという。


 針葉樹林は幹が真っ直ぐで視界が確保しやすい。おまけに光が地面まで届き、膝ほどまでしかない下草は視界の邪魔にならない。


 大きなモンスターは森の中でその巨体が邪魔となり動きも悪い。シーク達は苦戦する事もなく、行程も予定通りだ。


「本当にこんな奥地に村があったの?」


「3組もバスターとすれ違ったんだ、間違いないだろ」


 白樺の森の中、けもの道を歩き続けて2日。白く明るい視線の先が森の終わりを告げる。


「白樺の森は綺麗で歩き易かったけど、流石にもういいわ」


「ほんと、白樺以外の木が生えてねえんだもんなあ。アイストレントって間抜けなんじゃ」

「あんな銀色の広葉樹、おかしいと気付かない方がおかしいよね。夜中に現れた時はさすがに驚いたけど」


 3人はボアやオーガを相手していた1年前とは、比べ物にならない程強くなった。


 だからこそ森を抜けることが出来たのだが、水がお湯になっていくように、少しずつ変化してきたせいで劇的な違いを認識できずにいる。


 要するに自分達の成長がどれ程なのか、実感もなく分からないらしい。


「わあ、草原と湖、いい眺め!」


「ルフと戦ったニータ湖の畔を思い出すな。墓地の砦は……あれだな」


 湖の対岸に、石造りの壁と灰色の塔が見える。要塞のようで物騒だが……モンスター相手にメルヘンも何もないだろう。歩いて向かえばあと2時間といった所だろうか。


「こうして知らない場所を回れるのも、バスターとしての醍醐味よね! 思い出がどんどん増えていくわ!」


「まあ、バスターにとって、思い出は持ち歩くのに邪魔にならねえし」


「背負ってよし、携えてよし! 武器も持ち歩くのに邪魔にならねえぜ? おっと、増やそうなんてのはナシだぞ」


「思い出を持って帰るのはタダやけんね、好きなだけしまっとき」


 ビアンカが写真機を取り出し、風景やシークとゼスタをカシャッと写真に収める。それに気づき、今度はシークもビアンカに代わって写真を撮ってやる。


「アークドラゴンを倒して、もしモンスターが落ち着いたら……チッキーをこうして連れて来て案内するのもいいな」


「思い出以外はプライス、思い出作りは懐に優しい。賛成だよシーク」


「旅費ぐらい稼ぐし、美味しいものも食べさせるよ……」


 バルドルは、自分が連れて行って貰えない可能性など考えてもいない。その旅を一緒になって楽しむつもりでオススメポイントを挙げていく。


「あ、ウサギだわ! ほら、右の草むら!」


 ビアンカが前方の草むらの上を指差す。視線を向けると、長い耳を立てた白いウサギが、パッと顔を上げてこちらの様子を窺っていた。


「本当だ。肉か……夕食にちょうどいいね」


「僕はパス。包丁代わりはお断り」


「へえ、包丁に出来て、君に出来ないとはね」


「む、そう言われると無性に対抗したくなるよ。シークってば剣心を弄ぶんだから」


 キラキラと輝く湖面をバックに、ウサギがひょっこり顔を出しているというメルヘンチックで長閑な光景。対してゼスタはケルベロスを両手に持ち、シークはバルドルを背中の鞘から引き抜く。


 ビアンカは慌てて2人を止めようとする。


「待って待って! 私は可愛いなと思って言ったの! 美味しそうだとか、食べたいって言った訳じゃない!」


「えっ、違うの?」


「近寄って触りたいなーとかないの? 動物好きでしょ!? いいバスターは動物に好かれるって、言うじゃない!」


「『動物が現れたら食べ物と思え』って言葉があるのに」


「バルドル、誰が言ったんだい」


「ディーゴ」


「ディーゴさん……」


 勇者ディーゴは、バルドルの思考や言葉に多大なる影響を与えたのだろう。シークはもう少し真面目に言葉を教えて欲しかったと言い、バルドルを鞘へと戻す。


 食料がない訳ではない。無益な殺生だと判断したようだ。


「兎汁美味いけどな。なんつうか、確かに動物が現れたら、俺も飯の事が頭に浮かぶようになったとは思うぜ」


「うん、でも猫とか犬とかは食べる気にならないなあ」


「おや、斬らないのかい? ウサギは? それとも他に何か?」


「食べないなら殺さないよ、バルドル」


「兎のような『刃ごたえ』のない相手に固執するつもりはないのだけれど、直前で取り消されるとモヤモヤするよ。僕を構えたのは遊びだったのかい」


「その気にさせておいて、酷いぜゼスタ」


 バルドルとケルベロスの抗議を受け流しながら、3人は墓地へと向かっていく。アダム・マジックの遺体がない事は既に分かっている。それでも何か手がかりになればと思っていた。


 きっちり2時間後、3人は門の脇の呼び鈴を鳴らした。周りに頼れるものが何もないせいか、外壁は町と同じくらい頑丈そうで高く、分厚い。


「はい、ああいらっしゃい。見学の人だね」


「あーえっと、見学というか、アダム・マジックの墓から遺体が持ち去られている件で」


「……3人組のバスター。この件を知っていて、ここまで歩いて来られる……なるほど。管理所から聞いている、中へどうぞ」


 警備員と見られる屈強そうな男が、重い鉄の柵を右へと押して開く。シーク達が中へ入ると、警備員はすぐに閉じて鍵を掛けた。


 バスターにとっては観光地でもあるが、雰囲気や警備の厳重さはまるで刑務所だ。


 壁に囲まれた数十メーテ四方程の中庭の真ん中に、1基の墓がある。すぐ横には慰霊碑のようなものも確認できた。


「あれがお墓よね。結構厳重に警備されてるみたいだけど」


「こんなに厳重で、どうやって朽ちた遺体を運び出したんだ?」


 壁沿いに事務所や簡易宿泊室があり、食事も出来る。この中庭で何かを行えば、それが見過ごされるとも思えない。


 壁の上には2人の警備員が歩いている。遺体泥棒など現実的ではない。


 遺体がなくとも両手を組んで祈りを捧げた3人は、右の壁沿いにある平屋の事務所へと向かった。


「こんにちはー……失礼します」


「はい? ああ、見学の方ですね。何かございましたか」


 中には2人の男がいて、どちらも軽鎧を着ていた。シーク達は胸元から3つ星バスターの勲章を取り出し、男へと見せた。


 途端に男の表情が驚きに代わる。


「ああ、最年少で勲章を授与され、古の4魔と言われるモンスターを倒した騎士の皆様ですね! 話は聞いております、さあお座りください!」


 どう見てもシーク達より強そうな男は、物腰も低くにこやかにシーク達をソファーに案内した。そして大きなカップでお茶を出す。


「あ、有難うございます」


「いえいえ、このくらいしか出来ないけれど。さあどうぞ」


 シーク達はこの場所に立ち寄るまでの簡単ないきさつを説明し、アダム・マジックの遺体がどのように運び出されたのかを尋ねた。


「これだけ厳重に見えるのに、どうやって運び出されたのでしょうか」


「鳥型の大型モンスターも見当たらないし、壁にも地面にも争ったような爪痕がない。強奪のようには見えないね」


「魔王教徒に持ち出された可能性があると聞いて、それから調査されたんですよね?」


「ああ、その通りだよ。電話線と無線中継塔があるおかげで電話は繋がっている。管理所からの連絡が来なければ……恥ずかしい話、今も気づいていなかったかと」


 ここには管理人兼警備員の職員と、専属バスターの合計10名がいるという。


 毎週のシフト休みの他、3ヶ月おきに1週間の休みがあるため、外に出て秘密裏に行動する事は出来る。


 しかし男は内部の犯行はあり得ないと言い切る。


 塀の外に出る際、もしくは町に向かうにも必ず3人一緒に行動させている。おおよその行動は皆把握されているのだ。


「手引きをした人はいない……とすると」


「遺体が、消えた? 外から死霊術を掛けられた?」


「……いや、違う。手口については説明よりも見て頂いた方が早い。案内いたします」

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