Landmark-07



* * * * * * * * *



 翌朝。


 昨日までの暴風雨が嘘のように晴れ、バンガはいつもの活気を取り戻していた。


 色とりどりの家々の屋根は光に照らされ、遠くまで見渡せる海面はキラキラと輝いている。


 人の往来も戻り、漁師達はまだ少し高い波などものともせずに船で沖へと出て行く。


 シーク達も、この天候を逃す手はない。すぐに支度をし、商人やバスター達が大勢集まっている港へと急ぐ。昨日何もかも浚われてしまった港の一角は、もう船に乗せるための荷が山のように積まれていた。


「ここで……いったんお別れだね。何もかもが目まぐるしい2ヶ月だった」


「本当に有難うございました。魔王教徒から救い出して下さっただけじゃなく、色々と人間の世界で生きていくために教えて下さって。こんな所まで連れて来てもらったし」


「連れて来たも何も、歩いたのはイヴァン自身だよ。楽な旅路ではなかったかもしれないけど、よく頑張ったよ」


「このご恩は絶対に忘れません。次はぼくが皆さんを助ける番になりたい」


 獣人は、恩や誠実さというものを強く意識して生きているようだ。イヴァンの眼差しや口調からは、社交辞令とは到底思えない程の力強さを感じる。


「ボクの事も見つけて下さって有難うございました。こうしてまた剣生をやり直すことができるなんて、夢のようです」


「アレスも、またな。たまにはゼスタ達を遊びに行かせるからよ」


「おいおい、簡単に言うなよ」


「あたしもそげん村ば回らせてもらったわけやないけど、獣人の村は長閑でええよ。しっかりイヴァン坊やの手になって、立派なソードに育てりね、アレスちゃん」


「グングニルも、元気で。バルドルも」


「アレスが悔しがるくらい活躍するよ。気になるなら急いでイヴァンと駆けつけてくれてもいい。アークドラゴン退治に間に合うといいのだけれど」


 バルドルは相変わらずの捻くれた言葉を投げかける。が、意味としては「健闘を祈る」と伝えたいらしい。アレスはそれが分かるのか、嬉しそうに声で笑った。


「じゃあ、みなさん、ご武運をお祈りしています! アルカの山の息吹よ、どうか3人の勇敢な人間へ守りの風をお与え下さい」


「イヴァン、またね! あーもうだめ、私泣くつもりなかったのに……」


 イヴァンは命すら危うい所を助け出され、背には消えない痕を残しながらも、こうして元気に笑って手を振れるようになった。そんな姿にビアンカは感極まってしまったらしい。寂しくなる気持ちも相まって、その声はこもり、目からは涙が筋を作る。


「ビアンカさん、心配してくれて有難うございます。シャルナク姉ちゃんもいたけど、人間の優しいビアンカお姉ちゃんも、本当に心強かったです」


「あーんもう、本当に良い子なんだから! 頑張って、いつかまた会いましょうね!」


 イヴァンとハグを交わした後、ビアンカは涙を拭いてペンダントを1つ手渡した。自身がシークとゼスタからプレゼントとして貰ったような、真っ赤で鮮やかなスピネルだ。


「いいんですか? こんな綺麗な宝石を……」


「お守りよ。スピネルは自分の力を高めてくれるの。戦う時は使ってね」


「嬉しいです……有難うございます!」


 別れを惜しんでいる4人の耳には、船の出港前だと告げる大きな汽笛の音が飛び込んでくる。


「さあ、乗り遅れるよ。イヴァン、アレス、俺達も行ってくる」


「はい! ぼくも、行ってきます!」


 イヴァンは力強く返事をし、そして船へのタラップを駆けあがっていく。昨日活躍した獣人の坊主じゃないか、と声を掛けられながら、イヴァンは何度も振り返っては手を振る。


 とても大きな最新の船は、荷物の搬入も終えたのか、イヴァンが乗り込んで暫くするとタラップを片づけて再び汽笛を鳴らした。


 3人はデッキで手を振るイヴァンに両手で応える。船が向きを変えて遠ざかって行くと、名残惜しそうな視線を向けたまま手を下ろした。


「イヴァン、良い子だったな。誰かさん達と違って、すっごく私を女の子扱いして、丁寧に接してくれたし」


「俺達に不満があるなら、イヴァンを追っかけて嫁にでもなるか? 止めねえぞ」


「そこは止めてよ! たまには可愛いとか言われたいの! イヴァンみたいに『お花がよく似合いますね』とか言って欲しい!」


 ビアンカの寂しさを誤魔化すような言いっぷりに、シークは微笑ましいなと呑気に笑う。武器達は「手があるんだから摘めばいいじゃないか」などと見当違いな事を言っている。


「えっと……花の何がいいのかな。蜜でも集めるのかい? 僕はモンスターじゃない植物には興味がないのだけれど」


 素直に褒めたくないゼスタ、特に打っても響かないシーク、それに人間の美醜や配慮には無頓着な武器達。


 このパーティーで、ビアンカが蝶よ花よと可憐な乙女を演じられる機会はおそらくない。


「さあ、俺達も出港が待ってるよ」


「……ハァ、もういいわ。それにしても沿岸を進むだけだから、イヴァンが乗った船に比べると小さいわね。半分くらいかな……揺れそう」


 イヴァンを乗せた船の後ろに停泊しているのは、最新とは程遠い帆船だ。その船の甲板からは、出港のドラの音が鳴り響いてきた。


「うわっ、もう出る時間だ! 急ごう!」


「うっそ! あ~バンガともしばらくお別れね、次は落ち着いて滞在したい」


「これこそ、『鐘と共に去りぬ』だね」


「帰る合図じゃないってば」


「シーク、チケット!」


 慌ただしく乗り込む3人に、幾ら騎士様でも置いていくところだったぞと船員達が笑う。


 飛び交いながらミャーミャーと鳴くウミネコを引き連れ、シーク達を乗せた帆船はゆっくりとバンガを後にした。





* * * * * * * * *





 丸2日の航海の後、帆船は北にあるノースエジン連邦の港町、ジュタに到着した。


 灰色の石のブロックで作られた画一的な建物の街並みは、晴れた空の下にいるというのに重々しい。


 冬になればひたすら凍てつくだけの極寒の地。観光客が来るわけでもなく、あまり飾り気がないのは仕方がないのかもしれない。


 魔法使いの聖地「アダムの墓」がある村の跡地は、ここから北西に2日程歩いた湖のほとりにある。


「とりあえず、管理所で記帳しましょうよ。色々と話を聞かなくちゃ」


「そうだね。この辺りのモンスターの事もあまり詳しくないし」


「リディカさんのくれたノートには、比較的大型のモンスターが多いって書いてあるわ。イーターウルフ、デスファロー……えっと、毛むくじゃらな牛みたいなモンスターだって。それにアイストレント……スノージャイアント」


「ああ、名前聞いただけで強そうだ。よくそんな所に村なんかあるよな」


「お父様から……コホン、パパから聞いた話だと、みんな沿岸部に出て行っちゃって、もう村はないみたい。お墓を国と管理所で砦を築いて管理しているだけ」


 ビアンカが簡単に知っている事を伝えつつ、リディカがくれた手帳のページを読み上げる。エバンやイサラ村のように、強いモンスターが現れやすい土地らしい。


「僕はスノージャイアントに1票だね」


「デスファローも捨てがたいと思わねえか」


「あたしはアイストレントやね。牙嵐無双でてっぺんからバキバキっち真っ二つにしたい」


「盛り上がってる所悪いけど、モンスター退治に来たわけじゃないよ」


 シークの言葉に、武器達は仰天したような声で驚きを表し、この世の終わりでも告げられたのかという程落ち込む。


 管理所で周囲の環境の事、魔王教徒の事などを尋ね終わると、3人はロビーから扉へと向かう。クエストを見る事もなくそのまま今日の宿へと向かおうとする3人を、武器達は慌てて引き留めた。


「酷いよシーク! 長旅を耐えた僕達を労うために、ほんの数匹くらい倒してくれてもいいじゃないか!」


「おい、2日間も使われなかった武器の気持ち、考えた事あるよな? な?」

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