Landmark-03

 

 ビアンカが放った閃光の一撃は、サハギンの群れを貫いた。しかし、まだ埠頭からはギャーギャーと怒りを表すサハギンの声が風で運ばれてくる。


 サハギンは水かきがあるだけでなく、人間の手のように物を握ることができる。海に人間が落としたもりや釣り竿などは彼らのお気に入りだ。


「暗すぎて……それに風も雨も強すぎて目が開けられない! 視界が悪すぎるわ!」


「ライトボール! バルドル、行くよ!」


「僕の気持ちはもう先に行っているくらいだよ。早くおいで、シーク」


「バルドル、緊張感って言葉知ってるかい」


 シークがバルドルに魔力を込め、バルドルを水平に構えたまま走り出す。体を左に捻りながら一歩踏ん張り、サハギンの青緑の鱗の色が判別できると同時に技を放つ。


「剣閃! ……の、サンダーソード!」


「あーあ、全く君は。技名くらい考えてから放てばいいのに」


「だから、緊張感!」


「雷、剣閃……雷閃剣、雷閃斬……うん、雷閃斬らいせんざんでどうだい」


「それ採用……次、行くよ!」


 シークが振り切った一太刀で、数メーテ先にいる最前列のサハギン達が真っ二つになった。炎が群れの体を焼くように広がっていくと、驚いて足を上げたサハギンが風に煽られて倒れ、一体に混乱が走る。


 電気が流れてくるのを慌てて避け、シークは睨みを利かせるサハギン達と対峙した。


「ギャァァ! ギャアァ!」


「雷閃斬!」


 雷閃斬はブルクラッシュのように剣の刃自体ではなく、剣から放たれる気力の刃で斬る。それによって剣の刃渡りよりも広範囲のモンスターを斬る事ができる。


 シークはその間合いを確保しつつ少しずつ下がり、サハギンを惹き付けていく。視線の先では、群れの側面からタイミングを計るゼスタの姿がある。


 後方に回るため、遠回りして駆けて行くビアンカの後ろ姿も見えた。そろそろ殲滅戦の準備が整う頃だと、シークは深呼吸をしてサハギンを見据える。


「シーク、任せたぞ! ……双竜斬! 十字斬クロスアタック!」


「くぅー、久しぶりの斬り味! いいねえ!」


 不意打ちの如く現れたゼスタの斬撃で、群れの中央にもサハギンの動揺が走った。群れを分散させるようにゼスタも大勢を惹き付け、更にビアンカが狙いを定める。


 ビアンカは高速でグングニルを回転させ、そのまま群れの中へと飛び込んで行く。


「旋風!」


 ビアンカの攻撃により、サハギンの鱗が暴風に舞う。


 フルスイングなど、長い柄を利用した技は敵の動きを封じるのに役立つ。強風で時折踏ん張り直すビアンカの周りは、少しずつ空間が出来始めていた。


「ギャァァ! ギャァァ!」


 サハギンも、目の前に人間がいたなら襲うのが性分だ。最初こそ怯みはしたが、なおも互いを風よけにしながら一斉に向かってくる。


「ビアンカ! そっち行ったぞ! ……うわっ危なっ!」


「大丈夫か! うぉう!?」


 サハギン達は鋭い爪で襲い掛かってくる。後方からは石や銛が飛んでくため油断が出来ない。


「プロテクト切れる前に言って! 掛け直すの結構厳しいかもしれない!」


「石はともかく、銛が風で流されて……軌道が予測不可能だ! おっと危ねえ」


「ギャァア! ギャァァー!」


「ちょっとちょっと、待って待って待って! 多過ぎる、どんどん海から上がって来てるわ!」


「ファイアーボール! ……エアリアル・ブルクラッシュ! 全然減らない、圧されてる!」


 サハギンを薙ぎ倒し始めて十数分、港には足の踏み場もない程にサハギンの死骸が転がっている。けれどその上を踏んで襲い掛かってくるサハギンの数は、減ったどころか増えてすら見えた。


 埠頭に数十匹群れていただけと思っていたサハギンは、気付けば港の船着き場を占拠するほどの数になっている。


「こんな悪天候で、こんな数……相手に出来ないわ!」


「えっ、何だって? ごめん聞こえない!」


「うぉりゃあ! 業火乱舞ゥ!」


 風雨の音に邪魔されて、少し離れると互いの連携もままならなくなる。跳び上がれば風に押し戻され、狙いを定めようとすれば目に雨や塵が入る。


 風上にいるサハギン達よりも、風下のシーク達が不利な中、3人はだんだんと港から町の方へと圧されていく。


「この数が町に流れたら……町の人が無事じゃ済まない!」


「はっ、見ろ! 建物の壁にサハギンが! 登ってやがる、まずいぞ!」


「お嬢、投擲が来るばい! 右に避けり!」


 数十どころか、千匹はいるのではないか。ついには町の中へと流れ始める個体が現れ始めた。


「ここで食い止める! 破ァァ……フルスイング!」


「くっそ、手数で圧せても数が減らねえ!」


「おいゼスタ! あっちを見ろ、シークの後ろ!」


「あれは……」


 魔力、気力、ともにいつ切れるかとも分からない。ひたすら魔法剣を放ち続けるシークの後ろに、大勢の人影が見えた。


「ファイアーボール!」


「エアリアルスラッシュ!」


「俺の後ろに続けェェ! 俺の盾の後ろには一匹たりとも漏らさねえ!」


 雨風をものともせずに走り寄って来るガードの男、斧を構えたウォーリア、それに風にローブを煽られてよろける魔法使い達。


 皆、サハギン殲滅にやってきたバスターだ。


「もう戦ってる奴らがいるぞ! 遅れを取るな!」


「オオォォォ!」


 圧されるシーク達に代わり、ガードの者達がその前に立つ。盾と剣でサハギンを押し戻すかのように動き封じ、その中へと武器攻撃職が斬り込んでいく。


「ギャァァァ! ギイギィィィ!」


「ギィィィ!」


「私とグングニルは町の中に入り込んだサハギンを討伐する!」


「ビアンカ、俺も行く! 手分けしよう!」


 確認出来るだけで既に30体以上が町の中へと抜けている。ゼスタとビアンカがこの場を皆に任せ、町の中へ走っていく。


 見渡せば10組以上のバスターのパーティーが集まり、港を包囲するようにサハギンが町へ侵入するのを防ごうとしていた。


 サハギンを薙ぎ倒していくバスター達も、魔法を放ち援護する者達も、この群れに勝てるという自信に満ちあふれており、殲滅を確信している。


 ブルー等級以上、特にオレンジ等級やパープル等級からすれば、環境が悪くともサハギン自体は怖い相手ではない。


「シーク、いったん離れるんだ」


「……何だって?」


 けれど、バルドルは何かを警戒していた。


「バルドル、俺はこれで一安心とは思ってない。俺達も戦わないと、これくらいの相手で手を抜くにはいかない」


「違うよ、シーク。よく聞いておくれ」


 バルドルは人数で強気になっているシークの手を止めさせる。


「僕が見る限りサハギンは数百、いや千匹も超えているようだ。この数がこれ以上増えないとは言い切れない」


「それはそうだけど、倒し続けるしかない」


「君は、サハギンの性質を知っているかい」


「えっ」


 バルドルは、シークに何かを考えさせようとしている。きっと、この状況に何かあると感づいているのだろう。すぐに答えを言わないのはじれったいが、シークは少し悩んで見せた。


「……水棲、人間の道具を使う、海に引き摺り込んで餌にする……」


「サハギンは、基本的には臆病な生き物だ。港のように、人間が多くて自分達がやられる可能性がある場所には近寄らない」


「でも、このハリケーンの中でサハギンはここに打ち上げられたんだ。海の中に戻れないし、人間に不利な状況は好都合だ」


「ハリケーンの度にこんな事が起こっているとでも?」


「それは……。じゃあサハギンが襲う理由が、他に?」


 バルドルは沈黙し、シークに考えることを促す。シークはこの状況を風に目を細めながらもう一度確認する。


「……サハギンは海から這い上がって来てる」


「うん、そして?」


「サハギンがそんなに戦意を剥き出しにしていない? 人間に対抗しているのは、やられたくないだけ……?」


「それから?」


 シークは、埠頭にどんどん上がってくるサハギンの行動を見て、そしてこの状況が巻き起こった理由に1つの仮説を立てた。


「もしかしてサハギン達は海の中にいる何かから、逃げてきた?」

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