Landmark-02
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サウスエジン国の港町、バンガ。
夏には青い空と水平線、色鮮やかな街並みを見物するべく、人気の観光地となる。
一年を通して気候が穏やかで、冬も内陸性気候のギリング等に比べると暖流のおかげで温かい。もし平地が広かったなら、世界一の貿易港にもなりえた町だ。
そんなバンガは今、季節はずれの嵐が勢力を保ったまま南東の海上に停滞している。船の出港は未定だ。
「あーんもう、今日で3日目! 外は雨だし、船は出ないし、
「でも、船に乗り込んだ後じゃなくて良かったとは思うぜ。転覆か、船酔いで脱水症状起こして、着いた先で入院か……」
「『斬りかかったモンスター』ってやつだね」
「船に乗りかかるどころか、今の話は乗った後だよ」
「む、斬り終わったら実は家畜だった……と言うべきだったかい」
「何で素直に後の祭りって言えないかなあ」
急ぐ旅ではあるが、イヴァンをこの状況で置いてはいけない。おまけにこの風雨ではモンスター狩りも難しい。暇を持て余した若者達は、ダラダラと過ごす事にも苦痛を覚え始め、会話もどことなくいい加減だ。
「ちょっと海の様子でも見に行ってこようかな」
「シーク、それ駄目なやつ。船の様子を見に行って、波に攫われたりするんだから」
「雨漏りがするから、屋根の修理を……とかな」
「畑の浸水が心配だから、用水路を見に行ってくるとか」
「そんな危険な事する人と一緒にしないでよ。俺は大丈夫」
「みんなそう言うんだよ。見に行ったところで嵐は消えねえよ、おとなしく腕立て伏せでもしとけ」
今日はすでに腹筋や腕立て伏せ、スクワットなどを1000回ずつこなしている。シークはベッドにうつ伏せで倒れ込み、足をバタバタさせてため息をついた。
「はぁ、戦いたい。外に出たい」
「シークとバルドルって、似てきたよね。どっちがどっちに似てきたのかは分からないけど」
「ふうん、流石は僕が選んだ主だ。持ち物に似たんだね」
「……持ち主じゃなくて?」
「僕の影響を多分に受けて強くなったのだから、シークが僕に似たと思うのだけれど」
「まあそれでもいい……あれ、なんか、外でサイレンが鳴ってる?」
シークとバルドルが無駄話をしていると、外でサイレンが鳴り始めた。
窓ガラスが鳴る音と、隙間から入り込む風の音に邪魔されながらも、確かに音が響いている。
「堤防が決壊したとか、何かが倒れちゃったとか……」
「サイレンだけじゃ分かんねえよな。こんなだから、様子を見に行こうなんて考える奴が出るんだ」
「もう、見に行かないってば」
「あの、ぼくはあまり海の事に詳しくないし、連れて来られる時も船室の小さな窓からしか見る事はできませんでしたが……海っていつもこうなんですか?」
「前来た時は晴れていて綺麗な景色だったよ。今は近づけないけど、穏やかになったらきっと驚く。イース湖よりも大きい水たまりだ」
サイレンの音が何を知らせたいのかが分からない。4人は相変わらず管理所で貰った情報冊子を捲ったり、しりとりをしたりと、呑気に過ごしていた。
しかしその危機感のない雰囲気は、暫くして流れた放送によって瞬時に緊張へと変わった。
『……らしにより、……潮……サハギンの……確認され……家から決して……』
「ちょっと! あんたら静かにしてん。今、聞こえたかね。サハギンっち聞こえたばい」
「俺っちもはっきり聞いた。サハギンが……確認されたとか何とか言ってたよな」
人間よりも物音に敏感なのか、武器達はある程度の語句が聞き取れたらしい。
音が風に流されてしまい、全部は聞き取れない。シーク達はサハギンがどうしたのか、もう一度放送が流れないかと皆で耳を澄ます。
『繰り返し……嵐……高潮が発生、渦に飲まれたサハギンの大群が……ました、家から決して出ないように、また、必ず施錠……』
「サハギンが嵐で町に打ち上げられたっていうのか!」
「海から上がったらそう長くは行動出来ないけど、この嵐なら体も乾かないし、人を襲うのも簡単よね」
サハギンは半魚人とも言われる。魚の頭と鱗に覆われた体を持ち、手足が人のように発達している。水棲モンスターとして良く知られ、シーク達も船の上で戦った事があった。
ただ警戒心が強く、人間が多い港はサハギンが嫌う場所の1つだ。無防備に海辺で寝そべっていない限り、陸上で被害に遭う事は殆どない。
しかし人が殆どおらず、人間の住処を自由に動き回れる環境であれば、それはサハギンにとって格好の餌場でしかない。
餌というのは勿論、人間だ。
『管理所より緊急要請です……が、港に大量発生。滞在中の……等級以上のバスター……繰り返します、ブルー等級以上の……現地での討伐を……』
放送は切り替わり、管理所からのバスター出動要請が流れる。従う義務はないが、シーク達は呆れる程のお人好しだ。
「これ、かなりやばいぜ。慣れてない奴がこの暴風の中で戦うって、下手したら海に落ちるぞ」
「俺達も慣れてないじゃん……でも、行かなきゃ」
「うう、潮風は苦手なのだけれど。錆びはしなくても、いい気分にはならないんだ」
「サハギンを斬る事が出来る喜びは?」
「そう言われると……ぐぬぬ、それも『柄放せない』ね。仕方ない、君達お人好しのために、僕もお剣好しになろうじゃないか! 『斬りかかりたい剣』ってやつだ」
武器達の賛同を得て、シーク達は一斉に装備へ着替え始める。
ビアンカは恥ずかしそうに壁の方を向く。2人を警戒しているのではなく、男2人が堂々とパンツ姿になるせいで目のやり場に困っている、と言うべきだろうか。
「イヴァンは留守番、いいね」
「えっ……」
「ブルー等級以上のバスターへの要請だ、イヴァンは条件を満たしてない」
「この状況じゃ責任が持てない。役に立とうとしてくれるのは嬉しいけどよ、今回は駄目だ」
「ここで留守番より、管理所に連れて行きましょ。管理所が指示を出すことがあるかも」
「ぼく、絶対に管理所の指示には背きません、連れて行って下さい!」
イヴァンの目は、明らかに自分も戦いたいと主張している。見かねたビアンカは、妥協案としてイヴァンを管理所に任せようと提案した。
「ボクがイヴァンさんの安全は確保します。皆さん、ご安心下さい」
「分かった、アレスに任せる。イヴァン、すぐ着替えて! 行くぞ!」
装備を着終えると4人はそれぞれ武器を持つ。宿屋の主人に施錠するように伝えると、港のすぐ傍にある管理所へと向かった。
暴風雨の中で向かった管理所は、見張りの職員がバスター数人と共に警備をしていた。シーク達が事情を話せば、職員はイヴァンを中へ入れてくれた。
「みなさん、お気をつけて!」
「イヴァンさんの事はお任せ下さい。ご武運を」
イヴァンとアレスの声援を背に、3人はすぐに港へと向かう。昼間だというのに暗く、全てが灰色だ。埠頭には蠢いている何かの大群の影が見えた。
「ちょっと待って! 一回止まって!」
「何だよ、早く行かないと」
「プロテクト掛ける! 俺は動きながら回復や補助魔法を発動させるなんて出来ないんだってば……プロテクト!」
シークは新しい魔術書を買ったが、回復、補助魔法の全体化や呪文短縮などの増幅術式を取り入れなかった。攻撃術の威力を維持するためには、回復系統の増幅術式を最小限に抑える必要があるからだ。
「よし、おっけー! ビアンカ、先に一発どーんといっちゃって!」
「分かった……あーもう風も雨も強くて前見えない! 前方、誰もいないよね?」
「今はいない! ってか誰もまだ来てない!」
「お嬢、あたしが指示しちゃる。少し右側、あたしを少し上に……そう、そのまま発動させり!」
ビアンカが気力をグングニルに込めていく。嵐の中、電気を集める牙嵐無双は使えない。
「行っくよ……スマウグ!」
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